第28話
リビングの隣の和室がアオの部屋、ということになった。
はじめから用意されていたのか、こういうことがあると予期していたのか、布団が用意されていて、フリーサイズの寝間着もある。が、流石に下着やアオの着られるような服はなく、アオは目を覚ますなり「下着くらい持って来るんだった」と後悔した。昨日の内に洗って、和室の角に干してあった下着を身に着け、伴雷のシャツを着て、ワイドパンツを借りる。裾を三回くらい折り曲げてようやく足が出る。
リビングに出ると、伴雷はキッチンで何かを作っていた。慣れている感じではなく、背中から、苦戦している様子が伺える。
「おはよう」
「あッ、アオさんおはよ。ちょっとまって、ほんと、ちょっと待ってね、たぶん大丈夫」
「手伝おうか?」
「いやいやいや、大丈夫、たぶん、マジで」
手元でなにが起きているのかわからない。覗きに行こうかとキッチンへ足を向けると、インターホンが鳴った。来客。いや、それは、珍しいことなのではなかったか。宅配かなにかか、どう動くか迷っていると「アオさんごめん、出てあげて」と言われインターホンを操作した。「あれ」モニターには見覚えのある女の子が映っている。短い髪で、帽子を目深にかぶって、今日は少年のような姿をしているが、平野舞に間違いない。学校、と一瞬思うが、土曜日だったと思い出す。
しばらく待って玄関扉を開けると、舞は軽い調子で挨拶をした。
「よっ!」
伴雷は舞が来ることがわかっていたようなので、部屋にあげて奥へ通す。伴雷はキッチンでなにか作っていたようだが、一区切りついたのかリビングで舞を出迎える。
「頼まれたもの持って来たわよ」
「ありがとありがと、俺の服着たアオさん刺激が強すぎて死ぬとこだった」
「いつもでしょ」
舞はアオに、持って来たボストンバックを渡す。くすんだ黄色の迷彩柄だ。中身は服や下着のようだった。あとは、最近アオがはまっているお菓子なども入っている。
「俺も一通りは用意できるけどやっぱ、それをやるとその、いろいろまずいかもしんなくて。俺色に……染めちゃうってことでしょ」
「アオと両想いだって確信できて気持ち悪さに磨きかかってるわね」
舞は呆れているが、アオは慣れているのか気にならないのか、淡々と荷物の中を確かめている。
「ありがとう。舞」
「足らないのあったら合田さん通して教えて。持って来るから」
「大丈夫だと思――ん?」
バッグの中をさぐっていると、手に堅いものが当たる。奥の方に入り込んでいる。お菓子だろうかと引っ張り上げた。赤い箱だ。手に収まるくらいの長方形で、赤いパッケージ、箱の真ん中に大きく『0.02』と書かれていた。
「これなに? お菓子?」
「うわあああああああ!?」
伴雷が悲鳴を上げながらアオの手から箱を取り上げてゴミ箱へ放り投げる。外れて床に落ちる。舞はニヤリと笑った。
「いるかと思って」
「なにそれ?」
「アオさんは知らなくていいからね。俺たちはほら、その、ゆっくり行こ! ね!?」
「でも合田さん、アオに迫られたら我慢でき」
「やめなさい! セクハラですよ!」
アオは、ぼんやりと二人のやりとりを眺めていたが、ふと焦げ臭いにおいがしてきてキッチンへ様子を見に行った。ホットケーキがフライパンで焦げていた。すぐに火を止めるが、片面は見たことが無いくらいに真っ黒だった。
「バターとメイプルシロップで誤魔化せる」
はず、と、伴雷は舞が持って来た赤の箱を改めてゴミ箱に放り込んで焦げた部分を削ぎ落そうとがんばっている。アオは手伝ってはいけないらしい。舞は再び帽子をかぶって「さて」と言う。玄関に向かうので、もう帰るつもりのようだ。
「じゃあ、私帰るけど」
「気を付けて」
舞はじっとアオの顔を見て、左の頬に触れる。当然だが、伴雷の手の感触とは異なるな、と思う。
「ところで、店長と喧嘩したんだって?」
「そう。それで家出を」
「それでってことはないでしょ」
居場所がわかっているからか、協力者という立場からかわからないが、舞はからからと笑った。「アオ」真剣な声で名前を呼ぶ。
「ん?」
「私も家出したくなったら、協力してよ」
「うん、もちろん」
舞はそれ以上なにも言わずに「じゃあまた」と手を振った。「また」とアオは答えた。
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