第23話

アオを出迎えたさくらは、アオの顔を見るなり青い顔をした。洗面所へ向かうアオをさくらはついてきて話を聞こうとする。


「アオ……!? その顔どうしたの、喧嘩!?」


 洗面所で手を洗って、洗濯物を出す。


「喧嘩」

「また知らない人と喧嘩したのね?」


 知らない人ではなかった。自分の部屋の前まできて、相手の名前を伝えた。


「善助くん」


 さくらは平手でアオの左頬を打った。さっき善助にも殴られている位置だ。反対にしてくれたらよかったのに、と思いながら、さくらを見る。


「あなた善助くんになにを言ったの!」


 さくらの言う通りだ。善助が怒るであろうと思う言葉を選んで言った。あれは攻撃だった。アオは善助がアオを殴る様に誘導した。それが一番事態が早く収まると思ったからだ。


「……言いたくない。おばあちゃんとも喧嘩になる」


 それだけ言うと、アオは自分の部屋に入った。あとは、善助に直接聞けばいい。

 部屋着に着替えて、ベッドに転がる。

 頬が痛い。

 保冷剤を取りに行くのも面倒で、ペットボトルを鞄から出して頬にあてた。リビングから祖母の話し声が聞こえる。善助に連絡しているのかもしれない。このあと、どういう話になるだろうか。

 善助も、さくらもきっと最初から嫌な予感がしていたのだろう。それでも、態度だけは興味がないフリをしていたから、確信を持てなかったのかもしれない。それも今日までだ。アオが伴雷を特別に想っていることは疑いようがない。

 そうなれば。

 あまり、良い展開にはなりそうにない。

 厳重に注意されるか、やっぱり確実なところでいくと、隔離だろうか。もし、そうなったとしたら。


「でも、高校卒業したら、いや、高校生でも働き口はあるか」


 仕事を探して、自立したらどうだろう。普通は、そこまでできるようになった子供を管理しようとは思わないはずだ。そうなれば、好きなところで、好きなように生きてもいい、はずだ。結局心配はかけるし、恩を仇で返すような結果になるのかもしれない。

 離れることになるとしても、それは、自分の意思で選びたい。これは許されることだろうか。『ああ』はなりたくない。伴雷を巻き込みたくない。そうなればやはり、自分は一人になるしかない。そうは思うものの、自由に、と想像した時に、まず伴雷の顔が浮かんで来る。


「はは」


 伴雷がもし、あの終わりでいい、と言ったらどう思うだろうか。

 考えてみると、簡単に想像できた。死のう、と言ったら一緒に死んでくれるだろう。「ごめん」と謝ったら笑って「いいよ」と言うのだろう。

 ――けど、やっぱり。

 アオを殴った後の、善助の顔を思い出す。青い顔をした祖母のことを思い出す。舞は、舞は笑って「そうなると思った」と言ってくれるだろうか。それとも「本当に馬鹿ね」と怒るだろうか。

 ――笑っててほしいなあ。

 ベッドに寝転んで軽く眼を閉じる。顔が腫れてきたのかもしれない。瞼を微かに動かすだけで闇が降りて来る。臍のあたりに手を当てて、ゆっくりと呼吸をする。八秒かけて吸い込んで、八秒かけて吐き出した。何度かそうしていると、ふと、ベッドの横の窓ががたりと揺れた。

 風かと思っていると、ガラスを叩く音がした。

 このタイミング。

 カーテンを開けると、合田伴雷がへらりと笑って手を振った。


「来ちゃった」

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