第21話

アオは振り返らず、家まで走り抜けた。

 祖母と顔も合さずに自室に籠った。涙は止まらないし、手にはまだ、伴雷が触れた感覚が残っている。しばらく転がっていても全く落ち着かず、枕に顔を押し付けてただ泣いていた。情けない、だろうか。あるいは、恋しい、なのかもしれない。「うううう」だれか助けて、とは思うものの、自分がどうしたいと思っているのかわからない。どうすれば助かるのかもわからない。

 父と母のようになりたくない、ああはなってはいけないと思いながら、あの未来に伴雷を勝手に重ねる自分もいる。いいや、感情というものは、時間が経てば落ち着くはずだ。必ずそうなる。だから、例えば、祖母に頼んでどこか遠いところに行くことができれば、その内には気にならなくなるはずだ。忘れてしまうこともあるだろう。――伴雷を? あんなにも、アオを好きでいてくれる相手を? そんな人生に意味などあるか? しかし行きつく先は必ず『あれ』だ。伴雷を巻き込むわけにはいかない。それに、アオがしっかりしてさえいれば、祖母も善助も心配せずに済む。


「いやだ」


 言葉にすると、決壊する。


「そんなのいやだ……!」


 子どものように駄々を捏ねる。枕の中で声が籠る。「ああああ」叫んでも泣いても足らない。どうしたら。どうしたら。どうしたら。

 思考は堂々巡りで、なんの解決策も浮かばない。やらなければならないことはわかっている。一切の縁を切ることだ。繋がりを断ちきって、なにもなかったみたいに生きていくこと。そうしたら、その内きっと。枕を持ったまま仰向けになる。


「たすけて」


 ぽつりと呟き、涙が止まるまで、ずっと部屋から出なかった。

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