第15話

『ああ』なってはいけない。アオはより強くそう思うようになり、対策は徹底するようにした。男でも女でも特別な相手ができないように、できるだけ空白の時間を削る。人の為に時間を割くのはその人が困っている時だけで、自分の意思は反映させない。仲良くなろうとしてくれる人はいた。それでも、アオがたった一人を熱心に見たり集団のどこかに所属することはないので、その内には離れていく。大抵の場合はそうだ。しかし。そうでない人もいる。舞や善助、伴雷はアオがどれだけ余所見をしていても、気付くと傍にいる。中でも伴雷は、何の得をするわけでもないのに、定期的にアオに会いに来る。アオが七歳の時から現在まで、変わらず。

 小学校であったり中学校であったり、さくらと一緒に行った道場だったり、スーパーだったり、修学旅行先に来たこともある。今も高校にまでやってくるし、バイト先も把握している。何度か、家に直接来たこともあった。伴雷のすることと言えばそうしてアオに会いに来ることと、アオの近辺の情報を集めること。有力な情報源は昔から舞だ。

 今日も教室で、授業のはじまりを待ってぼうっとしているアオの横顔をカシャリと撮る。


「なんか疲れてる? エナドリ寄越すように情報流そうか」

「いや、疲れてはないよ。ちょっと考えごと」

「疲れたならいつでもあのストーカー呼びなよ」


 彼女は最初から伴雷に協力的だ。アオの情報を積極的に流してはおこづかいを稼いでいた。ビデオカメラや一眼レフカメラ、編集用のパソコンに至るまで、全て伴雷の財布から出てきたお金で購入している。


「舞は、伴雷くんから離れろとは言わないね」

「また店長とかさくらさんに言われたの?」

「あの二人は、いつも心配してるから」

「まあそりゃ、あんたは大人相手にだって平気で喧嘩売るし、一人で勝手にどっかいくこともあるし」


 舞は頷きながら呆れたように笑っている。アオも少し笑う。


「だから当然だと思うけど。それでも、いつも、近付くな、と言われると」


 わかっている。と思う。その忠告は正しいと思う。胸を押さえて耐える。涙が出そうになるのを耐えて、否定だけはしないようにと唇を噛む。わかっているとどうにか伝える。大丈夫。そう繰り返すことしかできなくなる。


「そうだね。ちょっと、疲れるかも」

「そりゃ、わかってることを何度も言われると鬱陶しいしね」

「ありがとう。舞は、なにも言わないでくれて」

「私はほら、儲かるから」

「大事なことだね」

「そりゃあもう」


 だけど、と舞は言う。


「アオは、合田さんのこと嫌いじゃないでしょ」

「私は誰の事も嫌いじゃないよ」

「その代わり、誰のことも好きにならない?」

「そう」


 中学一年の夏、父と母が死んだ。アオの考える、あの死に至った理由と、アオを呼びたかった理由を伝えると、舞は泣きながら「ごめん」と言った。会いに行った方がいい、と言ったことを謝ったようだが、直接姿を見たか、見ないかの差であっただろう。死んだという話は血縁である以上、聞かないわけにはいかなかったはずだ。

 再会のきっかけになった薙刀の動画は、制服で撮影したものが最後になった。今、舞は配信者に興味があるようだ。写真を撮りに行く過程も楽しく紹介出来たら面白いのでは、と話していた。夏休みに入ったら少し遠出してやってみないかと誘われている。

 芥の店で話をしていて「俺も行きたいなー!」と伴雷が言って。舞は「どうする?」とアオに聞いた。アオは。


「認めるわけにはいかない」


 何も答えることができなかった。はっきりとした否定ができなくなっている。特に、伴雷が近くにいると難しい。だから、こうして自分の立ち位置を確認する。自分自身に言い聞かせる。以降の行動に矛盾がでないようにと何度も言う。


「私は、誰かを特別好きになりたくない」


 父と母の最期の姿が頭に焼き付いて離れない。あの姿を見た瞬間から、より強くそう思うようになった。恋愛はしない。特別な人は作らない。余計なことは考えない。好きだと思っても近付いてはいけない。祖母と善助を泣かせたくない。あんな姿になってはいけない。

 泣かせたくないのに、これを言うと、みんな泣きそうな顔をするか、下手をすると泣かせてしまう。

 うまくいかないものだな、と呑気を装って笑ってみる。表情が感情を引き上げるのを待つように、しばらく笑顔を保つ。そうしていると、「海原さん」と声をかけられた。

 昨日、花屋の前で伴雷の持って来た傘をまた貸ししたクラスメイトだ。貸した傘を返しにきてくれたらしい。


「佐伯さん」

「昨日は傘ありがとう! 助かったよ」

「私の方も、お花をありがとう。バイト先で飾って貰ってる」

「アクタだっけ! 今度遊びに行くね!」

「うん」


 待ってる、と言いながら傘を見た。

 これで会いに行く口実ができたと、そう、思ってしまった。

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