第9話
小学校五年生になると、舞は動画の撮影に凝り始めた。動画投稿サイトで自分と同じくらいの年の子の動画を見て「これくらいだったら私の方がうまく撮れる」と、カメラを持ってアオの家に遊びに来た。週に一度、学校が休みの土曜日にやってきて、日曜日に投稿される。
「何撮るの」
「アオに決まってるじゃない」
「私?」
「うん。動画が見られなくてもお金になるしね」
舞は既に段取りを決めており、ノートを確認しながら着々と準備をしていた。アオはただ舞が指示する通りにやってみる。祖母にも許可を取っている。話すと「最近の子が考える遊びはすごいのねえ」と快諾した。
アオはいつも通りに練習用の薙刀を持ち、構える。右手を前、切っ先は敵の左目あたりを向いている。左手は腰につける。両手は肩幅より拳一つ分開いいた位置。やや腰を落とした。青眼の構えだ。誘うように胸をあけてまず真横に薙ぐ。腰を落として構え直すと、切っ先をピタリと止める。薙刀で注目すべきは刃だけではない。柄の金具、石突も戦いに使用する。切っ先を振った後、素早く石突を返して打つ。下から石突を回し、更に薙刀を回して袈裟に切る。
広い道場で一人薙刀を振るアオは青色の鬼のお面を被っていた。そして、舞が正面から、その姿を撮影する。じわじわとカメラに迫り、レンズの前ギリギリを振り抜いたら録画を止める。
「オッケーありがと!」
「……毎回思うけど、これだけの動画がなんでちょっと人気なんだろう」
「そりゃあもう被写体がいいのよ。子どもってのも珍しいのかもね」
動画はじわじわファンを増やし、投稿されるとすぐに一万回ほど再生される。投稿し始めてすぐの頃、五つ目の動画だけがどこかで拡散されて伸びに伸び、五十万回ほど再生されている。再生数が多いのはその動画くらいで、それ以外は全て多くて二万再生ほどである。それでも多くてすごいのだと舞は得意気だ。
「さくらさんにも出て貰おうかな」
「それはどうかなあ」
「そうよね。やっぱりさくらさんに出て貰うんだったらもっとちゃんとしないと」
そういう問題なのだろうか。片付けを終えると道場を出る。
道場と家は渡り廊下で繋がっている。平屋の日本家屋で、土地の面積だけで言えばこのあたりで一番広い。敷地はぐるりと塀で囲まれていて、正面と裏門から出入りできる。庭と道場と家が中に納まり「このあたりだけ別の世界みたい」と舞は表現した。家の中は静かなもので、二人だけでは広すぎる。それでもさくらが丁寧に管理しているので、どの部屋もいつでも使える状態である。
舞が縁側から桜の木を撮影している。アオは足を止めて舞を見る。カメラを構えた彼女は、まるで風景と一体化しているみたいだった。森なら木、町なら道路標識にでもなったみたいに人の気配が消える。自然と彼女と呼吸を合わせて、彼女が見ている先を見る。桜の枝の先に目白がいた。
舞は、インスタントカメラからはじまり、デジタルカメラ、更に良いデジタルカメラ。よりよい機材を揃えて、より高額でアオの写真や動画を伴雷に売りつけている。一番儲かるからアオを撮っている、と、口では言うものの、舞はカメラを持つといつも同じ顔をしている。
売り飛ばされるとわかっていても、やめろとは言いたくなかった。そんな風にして撮って貰えるのは嬉しいことだ。
舞はシャッターを切ると、ふっとこちらへ戻って来る。「どう?」アオはそう聞いてみた。
「うん。天才の仕事」
写真の良し悪しはわからないが、きっとこれはいい写真だ。目白はこんなにもかわいい鳥だったのだと思うし、自分の写真を見せて貰うと、驚くことが何度もある。こんなにきれいに彼女の目には映ったのだろうかと、いつも聞きたくて、しかし、恥ずかしくて聞いたことがない。「とは言っても、その場に居合わせなきゃ撮れないわけだから、毎日祈ってるわ。徳を積むのも必要よね」と舞が話すのを聞いたことがある。あれは確か、二人で初詣に行った時だっただろうか。
「今日さくらさん何作ってた?」
「えーっと、マカロン」
「なんて?」
「マカロン。生徒さんに習ったんだって」
「うーん、若い。うちのおばあちゃん、新しいものは覚えられないって遊びに行くといつも同じものが出て来るのに」
しかもさくらで色付けをしてピンク色のマカロンだ。舞が土曜日必ず遊びに来るものだから張り切っている。昨日からさくらの塩漬けを作って仕込みをしていた。最後にマカロンの上に乗せるらしい。舞はお菓子も綺麗に撮影するので、さくらはそれも楽しみのようだった。
伴雷のこと以外であれば寛容で好奇心旺盛である。買い物帰りに近所の子供と遊んでいたりもする。
――そんなさくらが、なにかを叫ぶ声がした。
今向かっているリビングとして使っている部屋からだ。
アオが走り出すと舞も続く。部屋に近付くと声が明瞭になり、さくらの言葉が聞こえはじめる。
「いい加減になさい!」
伴雷と口をきくなとは言われ続けているが、そんな風に怒鳴られたことはない。相手の声は聞こえないから、電話をしているのかもしれなかった。どん、と扉か、電話の乗っている台を叩くような音がした。
「今更返せなんてよく言えたものね!」
居間の扉に手をかける。開いたタイミングで「二度とかけてこないで!」と叫ぶと受話器を置いた。受話器は薄いが、文字盤のボタンは大きい。最近購入したものだった。
さくらは息を荒げて叫んだあとに、ハッとアオの方を見た。
「……誰だった?」
「ちょっとしつこい営業だったわ」
それは無理があるな、と思いながらも、舞が居辛そうにしているのでマカロンを持たせて家を出た。
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