第31話

母が目を覚ましたと連絡があり、姉と二人で病院へ向かう。



緊張が体を包む。



久しぶりの母との対面に、心臓が物凄い速さで鳴る。



それは姉も同じようで、姉の手が私の肩に乗る。



「よし……行こう……」



言われ、私は頷いた。



ノックをし、病室へ足を踏み入れた。



前以上に痩せてしまった母は、今にも消えてしまいそうで、窓の外を眺めている。



「お、かぁ……さ……」



私の言葉を遮るようにこちらに振り向き、私と姉を見て、ふわりと笑った。



こんな笑顔を向けられたのは、いつぶりなのだろうか。



正直、もしそんなものがあるとしても、自分の幼少期の記憶なんてものは曖昧だ。



「あら、可愛らしいお嬢さん達。私に何か御用かしら?」



息を呑む。



私も姉も、同時に絶句する。



母が笑顔で口にするこの残酷とも取れる言葉に、二人して固まる。



「誰かのお見舞いかしら。私にも娘が二人いるのよ。まだ小さいけれど、二人みたいに仲がよくてね、凄く、可愛いのよ。お二人は姉妹? お友達かしら」



本当に嬉しそうに話してクスクス笑う母が、まるで別人の知らない人のようで。



私は胸が痛くなり、拳を握る。



隣で黙っていた姉が、深く息を吸うのが聞こえ、次に声を発する。



「姉妹です。母のお見舞いに来たんです。すみません、病室を間違えてしまって」



笑顔でそう言った。



でも、手は震えていて、その手が私の手を強く握る。



またいらっしゃいと言われ、私達は病室を出る。



病室前で、手を繋いだまま、二人で無言の時間を過ごす。



主治医の話では、記憶がだいぶ前の記憶のまま停滞しているらしく、母の中では、私達はまだ小さくて、父親ともまだうまく行っていた頃にとどまっている。



「何か……複雑だよね……」



「どうしたら、いいんだろうね……」



元に戻るかどうかは、経過を見るしかないようで、私達にはどうする事もできない。



それでも、お見舞いに来続ける事はやめずにいようと決まった。



姉と別れた帰り道、空がオレンジに染まり始めた時間を、一人ゆっくり歩いている。



少しして、見覚えのある人物が建物の壁に背をつけて、スマホを片手に立っていた。



「琉玖夜……」



「よぉ」



安心する声、姿にホッと力が抜ける。



スマホをなおし、こちらに体を向けた。



「え?」



「ん」



両手を広げて、片方の口角を軽く上げた琉玖夜に、首を傾げた。



「おいで……」



フッと笑って、琉玖夜の胸に飛び込んだ。



「おかえり」



「ただいま」



琉玖夜の匂いと温もりが、今まで緊張で固まっていた体を解して行く。



手を繋いで歩く。



どちらも何も言わないけれど、今はそれがありがたい。



琉玖夜はいつも私が自分から口を開くまで待ってくれる。



だから私は、安心して話が出来る。

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