第32話

家に着いて、ゆっくりと母の話をする。



相変わらず黙って話を真剣に聞いてくれる琉玖夜に、感謝しながら話し終えて、一息吐いた。



「思い出して欲しいか?」



「……分からない……思い出して、また辛い思いはして欲しくないって思うのに、思い出して前向きに、今まで私達に使ってきた分の自分の時間を生きて欲しいとも思う……」



どうする事が母にとって最良なのだろう。



「お前がどれだけ悩んで考えたところで、なるようにしかならない。あんま考え込むな」



頭を優しく撫でられる。



言葉は冷たいようで、ちゃんと現実をまっすぐ見て、心配してくれる琉玖夜に笑って見せる。



「腹は?」



「うーん、あんまり減ってない」



「なら、今日は風呂入ってさっさと寝ろ」



お言葉に甘えて、お風呂を済ませて、寝る準備に入る。



お風呂上がりに、冷たい水が喉を通るのを感じながら、ふぅっと息を吐いた。



「ここ、座って」



ソファーに座る琉玖夜が、自分の足の間をポンポンと叩いて促す。



素直に琉玖夜の開いた足の間に、背を向けて座る。



濡れて束ねていた髪を解かれ、バスタオルでバサバサとされる。



「じ、自分でっ……」



「いいから、じっとしてろ」



めちゃくちゃ甘やかされている気がする。



抵抗をやめて、琉玖夜の手が優しく髪を梳く。その感触が気持ちよくて、大人しく髪を乾かされる事にした。



こうやって人に髪を乾かしてもらうなんて、いつぶりだろう。



記憶にはないけれど、母には何度も乾かしてもらったんだろうか。



乾かし終わり、残りの準備を素早く済ませた。



琉玖夜の入ったベッドに、続いて入る。



「電気、消すぞ」



暗くなり、琉玖夜がしてくれる腕枕に頭を置いた。



掛け布団を首辺りまで被せられ、琉玖夜が私の方を向いた。



「今日は……しないの?」



「ん? しねぇよ。つか、疲れきった女相手に迫る程、鬼畜じゃない。好きな女なら尚更だろ」



真顔で「いいから、変な事気にしてないで寝ろ」と怒られてしまった。



結構な頻度で体を重ねる夜。



何もせずに寝るのが貴重だから、何だか落ち着かない。



それでも、ゆったり優しく髪を撫でられると、瞼がどんどん閉じ始める。



「ゆっくり休め。おやすみ」



「ぉや……す…………みな、さ……」



額に何かが当たる。



多分、琉玖夜のキスの感触。



溶けそうな程優しくされて、甘やかされて、琉玖夜がいないと生きて行けなくなるんじゃないかと思う。



ほんとにどうしてくれるんだ。



睡魔が襲ってきて、まどろみ始めた私の頭に、また彼のキスが落ちた。



母の事を気にしないのは無理だけれど、それでも時間が解決してくれると願いたい。



それから数ヶ月、ずっと母の病室に通っている。



まだ、記憶は戻らない。



「やっぱり、思い出したくないくらい辛いんだね……」



「他の女にホイホイついてくような、クズの何処がいいんだろ……そこまで執着するような男?」



苛立ったように姉が言う。



確かに、私も父にそれだけの価値があるのかなんて、理解出来ない。



けれど、母があれだけ執着する理由は、母にしか分からない。



母の時間は、母が一番幸せだった頃で、止まってしまった。



担当医師の先生も、このまま記憶が戻らない可能性の方が大きいと言う。



完全にお手上げ状態だ。



そう思っていた矢先の事だった。

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