第22話

琉玖夜だけあと一日入院だと言われ、嫌がる琉玖夜を説き伏せて、私は琉玖夜の家に帰って来ていた。



相変わらず彼の匂いが染み付いた部屋で、私は姉の事を考えていた。



姉も被害者であり、犠牲者。



憎しみをぶつける相手が私しかいなかっただけで、姉も辛かったんだ。



自分の事ばかり考えていて、そこまで意識が向かなかった。



やっぱりちゃんと話をしないと駄目な気がする。



私は、スマホに入っている姉の番号を見つめて、震える手で、初めて姉に自分から電話を掛けた。



長いコール音の後、通話になったけれど、声は聞こえない。



「お姉ちゃん?」



久しぶりに呼ぶ〝お姉ちゃん〟という言葉に、自分で違和感を覚える。



返答はない。けれど、背後の音に聞き覚えがあった。



繁華街にある家電量販店のアナウンス。



あの辺から少し行くと、ホテル街などがあり、あまり治安がよくない場所が広がっているはず。夜の繁華街に行ったことのない私ですら知っている。



少し嫌な予感がする。



聞こえるか聞こえないかの消え入りそうな、姉の弱々しい声がギリギリ耳に届く。



「……もぅ、こんなのっ、やめたぃっ……助けてっ、美遥っ……」



泣いている。涙一つ家族の前で見せなかった強い姉が、私に助けを求めている。



嘘でも罠でも、今はそんな事に構っている暇はなくて、気づいたら叫んでいた。



「今すぐ行くからっ! そこにいてっ! 絶対、動いちゃ駄目だからねっ!」



大体の場所しか分からないけど、泣きじゃくる姉に聞いても答えなくて、私はとにかく上着を羽織って外へ飛び出した。



「おっとっ! 美遥ちゃん? ど、どうしたの、そんなに慌ててっ!」



部屋を出た瞬間ぶつかったのは、山勢春樹だった。



迷惑ばかり掛けていたし、色々あったから頼るなんて虫のいい話で、違うって思っているのに、顔を見たらつい縋りそうになる。



それを見抜いたように、彼は優しく笑う。



「あのね、君が琉玖夜を選んだのは悪い事じゃないし、俺等も納得したし、もう終わった事でしょ? それとも、琉玖夜を選んだ事申し訳ないとか思ってる? そうなら俺、怒るよ?」



眉間に皺を寄せ、私を見下ろす山勢春樹に、私は「ごめんなさい」と言った。



「よろしい。ほら、そんな顔しない。振った事気にするのはやめてね。俺等に失礼だし、何か腹立つから。俺等色々拗れたけど、友達でしょ? 一応俺はそう思ってるけどね」



頭をポンと叩かれ「で? どうしたの?」と問いかけられ、涙が出そうになる。必死に堪えて、明らかに私より繁華街に詳しいであろう彼に助けを求める。



すぐ岸宮玲や赤原勇樹に連絡を入れてくれた。たまたま繁華街にいた赤原勇樹が、先に姉を探してくれている間、私と山勢春樹は、彼が乗ってきたバイクで繁華街へ向かう。



琉玖夜に私の様子を見てきて欲しいと頼まれたから来たと、山勢春樹はヘルメットを渡しながら「アイツ、好きな子には過保護なんだな」と苦笑した。



安全運転の割に、スピードが出る初めて乗ったバイクの怖さに、山勢春樹にしがみつきながら、繁華街へ到着する。



繁華街の入口から少し入った所で、騒いでいる声がする。



喧嘩をしている男達の後ろでうずくまる姉がいた。



「お姉ちゃんっ!」



私の声に、ビクリと体を震わせて涙でぐちゃぐちゃになった顔をこちらに向けた。



私は夢中で抱きしめる。



こんなに小さな体をしていた事に、私はかなり驚いた。



私が触っても折れそうなくらい細くて、小さい体。



私は、こんな人を一人にしたんだ。涙が流れる。



「遅せぇよっ! ほら、逃げんぞっ!」



「さぁ、行こう。二人共、走れる?」



喧嘩をしていた男達から離れ、岸宮玲と赤原勇樹がそう言った。



警察の声が背後で聞こえたけれど、私は姉の手を強く握って夢中で走る。



肺が潰れそうだけれど、絶対離さないように、強く強く握っていた。



どうにか逃げ切った私達は、公園にいた。



地面に倒れ込み、みんなで荒い呼吸をしていると、赤原勇樹が一番に口を開く。



「ったくっ、はぁはぁっ、お前等姉妹はっ、ほんと……よく事件起こすよな。はぁはぁ、忙しい姉妹だわ、ほんと……はぁはぁはぁ……」



迷惑そうに言ったのに、少し楽しそうだ。



「まぁ、でも、はぁはぁ、無事で、よかったよ……はぁー、久しぶりにこんな全力出した気がするわ……はぁはぁ……」



「マジでスリル満点じゃね? 俺途中でちょっと楽しくなっちゃったよ〜」



山勢春樹につづいて、もっと楽しそうに岸宮玲が言った。



「みんな、ごめんね、ありがとう」



そう言って頭を下げた私の頭を、赤原勇樹が「バーカ」と言って小突いて笑う。



「美遥……手、痛い……」



「あ、ごめん。夢中で……大丈夫?」



俯いて座り込む姉が、小さく震えていた。



「お姉さんもさ、もう素直になりなよ。女の子は素直な方が可愛いよ?」



「そうそう、せっかく美人なんだしぃ〜」



山勢春樹と岸宮玲が言うと、姉が私を見る。その顔は、殴られたのか、口から血が出ていて、私はハンカチで姉の口を押さえる。



「……ぁり、がと……」



「え?」



「ごめんっ、なさぃ……ごめんなさいっ、ごめんっ、なさっ……」



何度も謝り、泣きじゃくる姉に、体が動かない。



確かに両親の仲が拗れ始めた頃から、姉には色々されてきた。



昔は優しくて大好きだった姉の変わりように、私は傷つき、何度も夢ならいいと、昔の優しい姉に戻って欲しいと願っていた。



そんな姉が、今私に謝罪をしている。



悪いのは、姉だけじゃない。



「私も、ごめんなさい……あんな家に、一人にして……ごめんなさいっ……」



向き合う事もせずに逃げたのは、私だから。



姉を抱きしめて、私も泣いた。



姉が、遠慮気味に私の背中に手を回した。力強く回された腕が、震えていた。

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