第五章

第21話

目を開けると、白い天井が目に入る。



「……ここ……」



「美遥ちゃんっ!? 春樹、勇樹、美遥ちゃん気づいたよっ!」



顔を少し横にすると、琉玖夜以外の三人が心配そうな顔でこちらに向かって歩いてくる。



「玲うるさい。美遥ちゃん、大丈夫? どこか痛むとこある?」



私は少し頭痛がする事以外は、特に何も無かったから、そう伝えると、三人同時に安心したようにため息を吐いた。



そして私はハッとする。



「私、どうして……」



どうして無傷なのか。階段から落ちて、無傷なんてありえない。



理由を問い詰めると、落ちてきた私を琉玖夜がギリギリで受け止めたらしい。



もちろん、そんな事をしておいて、いくら琉玖夜でも怪我をしないはずがなくて。



「ちょ、駄目だよ美遥ちゃんっ! まだ目が覚めたばかりだし、検査はしないとっ!」



「いやっ、いやだっ! 離してっ! 琉玖夜っ! 琉玖夜っ!」



私は止める男達に押さえつけられても、抵抗をやめなかった。



初めて抵抗というのを通り越して、暴れた。



「琉玖夜は大丈夫だっ! 大丈夫だからっ! 落ち着けっ!」



大丈夫。その言葉に発した男を見上げる。



涙が止まらないけれど、そんな事はどうでもよくて、震える声で「ほんと?」と小さく呟く。



「今は眠ってる。だから、お前も少し落ちつけ、な?」



優しく笑った赤原勇樹が、私の頭にポンと手を乗せた。



座り込んだ私に、山勢春樹が手を貸してくれる。



ベッドに座った私の前の椅子に座り、岸宮玲が笑って話し始める。



「美遥ちゃんのとこ行こうとしてさ、そしたら階段から喧嘩してるみたいな声したからさ、ちょっと気になるって琉玖夜が言って走り出したから、ついてったら美遥ちゃんが落ちてくるから俺等びっくりしてさ。でも、琉玖夜は真っ先に美遥ちゃんを助けようと飛び出してって」



膝に肘をついて、手を組んだ。



「すげぇって思った。俺は動けなかったから。やっぱり、琉玖夜はかっけーよなっ!」



「あんな焦って叫ぶ琉玖夜、初めて見たよね」



「いつもダルそうで、何にも興味ありませんみたいな顔した奴がな。あんなん見たら、勝ち目なんてねぇよ」



三人が笑って会話するのを、ただ聞いていた。



ほんとに、どこまでも格好いい男。



ここまでされて、惚れない女は馬鹿だって、笑われてしまうだろうか。



体を張って、私の代わりに怪我をしてまで、私を守ってくれる。



こんなに大切にされたのは初めてで、私が彼に惹かれるには十分だった。



白衣の男性が入ってきて、軽く検査をし終えた時、琉玖夜に会う事に許可が下りた。



はやる気持ちが、足取りを早くさせる。



個室の扉を軽くノックして、扉を開く。



ベッドの上半身の部分を少し上げて、そこに垂れながら窓の外を見ていた顔が、こちらに向けられた。



「よぉ、体、大丈夫か?」



自分の方が怪我をしているのに、第一声が私を心配する発言。どこまで私に優しいのか。



「んなとこに突っ立ってねぇで、入れよ」



言われ、ゆっくり震える足を動かして、ベッドへ近づくと、伸ばされた手に体を引き寄せられる。



抱きしめられ、ふわりと彼の香りが鼻を擽った。



「無事でよかった。さすがに今回は、マジで心臓止まるかと思った。間に合わなかったらって思うと、血の気引いたわ」



抱きしめる腕が、少し震えていた。私は、自然と抱き返した手で、背を撫でる。



「いつも助けてくれるよね? ほんとに、ヒーローみたいで、格好いい……ありがとう」



「んないいもんじゃねぇよ。それに、好きな女一人守れねぇんじゃ、男として駄目だろ」



そう言って笑った顔が、少し照れたように見えたのは、見間違いじゃなかったと思う。



頭と腕に巻いた包帯が、痛々しくて、優しく触れる。



「痛かったよね……ごめんなさい……」



涙が滲み、鼻の奥がツンとなる。



頭に手が置かれ、撫でる手が優しくて、溜まった涙が零れた。



「泣くな。大したことじゃない。医者が大袈裟なんだよ。しょっちゅう喧嘩してた頃のが、もっとエグかったから、こんなんかすり傷みたいなもんだ。お前が気にする事じゃねぇよ。お前はただ俺にだけ守られてろ」



また優しく抱きしめられ、次は私の背が大きな手で撫でられた。



やっぱり、彼への気持ちを認めざるを得ない。



こんなにも、私の心を揺さぶる人は、この人だけだから。



今よりもっと力を込めて抱き返し、私は口を開く。



「好き……」



「……ん? は?」



「琉玖夜が……好き……」



何も言わず、一度驚いた声を出して黙り込む。



体を離して、顔を見上げると、切れ長の目がめいっぱい見開かれている。



沈黙。



「あの……琉玖夜?」



顔の前で手の平をヒラヒラと動かした私の手が、掴まれる。



「もっかい、言って」



「へっ!?」



「もっかい……聞きたい。言ってよ」



改めて言うのは、凄く恥ずかしい。顔に熱が集まり、俯くけれどそれを許さないと言うように、顎を指で持ち上げられる。



「言ってくれ、頼む」



真面目な顔で揺れる瞳が、私だけを映す。



「好き……琉玖夜、す、きっ……ンんっ……」



唇が荒く塞がれた。



一度離され、また塞がれた唇が熱い。



「はぁっ、ぅんンっ、んっ、ぁ……ふっ……」



「もっとっ、んっ……もっとだっ……はぁ……もっと……美遥を、くれっ……」



入ってきた舌の熱さと、絡まる感触と求められる熱量に酔いしれる。



「好きだ……美遥っ……」



「りっ、くやっ……ふぅ、んっ……」



お互いの吐息までも喰らい尽くすような、熱くて激しいキスに、体が熱くて心臓が壊れそうになる。



唇が離れると、力が入らずに琉玖夜に凭れ掛かってしまう。



「色っぽい顔して……誘ってんの?」



頭がボーッとして、クスリと微笑んだ琉玖夜に頬を撫でられるだけで、体が痺れてビクンと跳ねる。



「やべぇな……襲いたくなる……」



抱きしめられ、首筋にチリっと痛みが走るけれど、それすら心地いい。



「やっと……手に入れた……絶対、離さないから」



強く抱きしめられながら、ふと思ったのは、彼の友人達の事だった。



「ちゃんと……返事、しなきゃ……」



「その気持ちだけでいいよ」



「そうそう。もう敵わないの分かっちゃったしね〜」



「あ〜、女で琉玖夜に負けるとか、マジでありえねぇわ」



いつの間にか入ってきた彼等が、そう言って笑ってくれたから、私も琉玖夜も自然に笑えた。



いい人達ばかりに囲まれて、私は幸せを噛み締めていた。

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