第20話
その日、私は先生の手伝いをする為、教室で一人作業をしていた。
「これでよし」
まとめたプリントを持って立ち上がる。
スマホが鳴って、見るとメッセージが一件。
〝玲達に捕まったから、ちょっと待ってて〟
琉玖夜からのメッセージに返信しようとした私の耳に、久しぶりの声がする。
「ねぇ、ちょっといい?」
「……っ!」
姿を見るのも久しぶりだった姉は、前より覇気がなくて。
ただ、少し話がしたい、最後だからと言われ、ついていく。
琉玖夜に軽く返信し、階段の踊り場まで来る。
「親父、出てった」
背を向けたまま、姉は呟くように言った。その声音には、なんの感情も感じられなかった。
母は最後まで抵抗したけれど、どうしようもなくなって、ほとんど無理矢理離婚届を書かされた。
今は、毎日お酒に溺れていると聞いた。
最近は姉も家にはあまり帰らなくなったらしい。
こちらを向いた姉が、涙を流して私を睨みつける。
「その時がどんなに酷い状態だったか、あんには分からないでしょ? 先に一人で逃げたあんたには」
姉が泣いた姿なんて、初めてで、私への憎しみが伝わってきて、胸が締め付けられる。
確かに、私はあの酷く冷たい部屋に、姉を置いて一人で逃げた。
でも、私には何の力もない。どうしたらよかったのか。何が正解だったのか。いつから間違ってたのか。
「あんただけ幸せになるなんて、そんなの絶対許さないっ! あんたがいるから、あんたのせいでみんなむちゃくちゃになったんだっ!」
姉がつかみかかってくる。必死で抵抗するけれど、怒りに任せた力は、物凄くて。
私が何をしたの?
言いたくても、言えなかった。
私の体は、宙に浮いていた。階段から落ちている。
まるでスローモーションのように感じる。遠くなる姉が、びっくりした顔で何かを叫んでいたけれど、私には聞こえなくて。
無音。
なのに、はっきり聞こえた、低くて聞き慣れた声が、聞いた事のない声に変わる。
「美遥っ!」
何で、毎回毎回この人は、こんなにタイミングよく現れるんだろう。
ほんとに、どこまでも私には彼がヒーローのように感じた。
何かにぶつかって、包まれる体。
バタバタと激しい音がして、落ちたはずの体は、何故か全く痛みを感じなくて。
冷たい床ではなく、温かい感触とすっかり慣れてしまった香り。
他にも聞き覚えのある声が飛び交う。
意識をはっきりしようと頑張るけれど、目を開けていられなくて。
叫び声と怒声、焦る声を聴きながら、私は意識を手放した。
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