第19話
不思議な共同生活が始まり、彼――琉玖夜の事が少しづつ分かってきた。
朝が凄く弱くて、なかなか起きない。起きたら必ず同じ場所に寝癖をつけていて、牛乳を必ず飲む。
今日も必死に起こして、寝癖を付けたまま牛乳をパックから直接飲んでいる。
眠そうな目でボーッとして、寝癖をつけて頭をカクンカクンとしている姿は、何だか少し可愛いとか、思う。
そして、あれだけ触ったりキスしたりして来ていたのに、一緒に住み始めてからほとんど触って来なくなった。
その代わりに、ことある事に頭をくしゃくしゃと撫でられる事が増えた。
これは一体どういう扱いなんだろう。
「なぁ、もう髪くくんないの?」
「え?」
「俺の前以外で髪下ろすなよ。可愛いのが他の奴にバレる」
今から髪を結おうとしていた私に、彼は少し面白くなさそうにそう言った。
いつも唐突にドキリとするような事を言う。
出来るだけ目立ちたくないから、髪はいつも通りお下げ髪をするつもりだった。
それを見て満足したように笑い、私の手を取る。
「よし、行くか」
学校に着いても、その手が離される事はなく、少しザワついた校門前で私は多くの視線に晒され、そんな中でも彼は何も気にする様子もなく、欠伸をする。
また在らぬ噂が立ちそうだと、手を引かれながらため息を吐いた。
名残惜しそうに絡んでいた指が離れる。
靴を履き替え、彼とは逆方向の自分の教室へ向かう途中、階段の傍を通りかかった時、腕を引かれた。
びっくりしたのも束の間、壁に背中を押し付けられ、腕を掴まれたまま、顔の横にもう片方の手をついて私を見る、不機嫌そうな男と目が合う。
「な、なにっ……」
「アイツと、付き合うのか?」
全てが突然で頭が回らず、ただ目の前で眉間に皺を寄せている赤原勇樹を呆然と見上げる。
「だんまりか……。やっぱり、アイツを選んだのかよ」
「選ぶとかっ、そんなんじゃ……ない……」
「最初からアイツしか頭になかった? お前に気があるって言った俺等で遊んで、楽しかったか?」
私が責められているのに、なんでそんな辛そうな顔をするのか。
傷ついたような顔。
私がいい加減な事をしているからだ。
自分の事で精一杯だけど、ちゃんとしないといけないのに、後回しにしているから。
「ごめんなさい」
「は? 何の謝罪だよ」
「私は昔から男の人にいい印象がなくて、けど……あなた達の気持ちは、もちろん嬉しい。それでも、好きとかはよく、分からなくて、どうしたらいいのか……分からない……」
言って、彼の目を真っ直ぐ見る。
「正直、色々あったから、琉玖夜が少し特別になってるのは、確か。だからこそ、あなた達の事もちゃんとしたい」
掴んでいた腕の力が抜けて、解放される。
「よく言う。顔は、答え決まってるみたいな顔してんじゃん」
そんな顔をしたつもりはないけど、そう言った彼の顔は、少しすっきりしていた。
「でも、まぁ、まだ完全に答え出てねぇなら、俺の入る隙、あるって事だよな?」
「え? あ……うーん……ん?」
意地悪い顔で笑った彼は、私の顎を指で持ち上げる。
鼻が触れるくらいの距離まで顔が近づく。
体が固くなる。
「んなビビんなよ。何もしねぇって……」
ホッとした瞬間にちゅっと唇が当たる。
「っ!?」
「キスしか」
爽やかな笑顔を向けて、体が離れる。
やられた。
でも、気づいた事がある。
琉玖夜にされたキスと、彼のしたキスで、私の気持ちが動いたのが、どちらかという事に。
去っていった赤原勇樹の背中を見ながら、私は自分の胸の前で、拳を握りしめた。
私を見つめる視線に、気づかずに。
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