第15話

私は今、映画を見ている。



男と。



クライマックスが終わり、エンドロールが流れ始めると、指が絡まってくる。



ビクリとして、逃げようとする私の指をしっかりホールドする男らしい指。



「逃がさないよ。今日の君は、俺のものだからね」



爽やかに、胡散臭い笑顔でそう言った山勢春樹は、指に力を入れて立ち上がった。



引っ張られるように私も立ち上がり、映画館を後にする。



岸宮玲とのデートを終えた次の日、山勢春樹が次は自分とと言ったが、私は首を縦には振らなかった。



しかし、私は彼を甘く見ていた。有無を言わせない勢いで、家にまで迎えに来たのだ。



驚きに固まった母と姉をよそに、何の準備も眼鏡もなくて、見た目が素のまま連れ出された。



「不満そうな顔が全く隠せてないけど? そんなに嫌がんなくてもよくない? 傷ついちゃうなぁ……。俺まだそこまで酷い事してないのに」



この男、今〝まだ〟って言った。



一体何を考えて、どんな行動を取るかとか、何も分からないし、読めない。そこが知れないから、怖くて仕方ない。



「まさか眼鏡も伊達? わざわざ地味に見せてる理由って、お姉さん関係あったりする?」



人の見せたくない部分まで見透かして、暴いて、簡単に入ってくる所がほんとに苦手。



「言いたくない」



「ふーん。でもさぁ、君がお姉さんの為に地味になってるの、何の意味があるの? その隠しきれてないお姉さんより遥かに綺麗な顔を利用してさ、お姉さんを思い切り見返してみたら? 優越感、味わえるかもよ? 多分、めっちゃくちゃ気持ちいいんじゃないかな」



悪魔の誘惑。



それに似たような甘い囁きが、私の心を揺さぶる。



私が姉より綺麗だなんて、当たり前みたいに言う男。



そんな事、言われたことがないから、少し頬に熱が集まる。



「照れてんの? ほんと可愛い。やっぱりいいね、君。ますます欲しくなるよ」



下ろしたままの髪を指で梳き、握っている手を口に持って来て指にキスをしながら、こちらに目だけ向けてニヤリと笑った。



ほんと、女に慣れすぎてて嫌になる。



典型的なタラシ。女がどうやれば喜んで、どう言えば靡くかをよく分かってる。だからこそ、絶対この男に落ちてなんかやらない。



ある意味意地みたいになっている。



「さて、次はどうしようか。どこか行きたいとこある?」



そんな事を突然言われても困る。何せ私は、デートなどした事ないのに。



「分からない」



「じゃぁ、とりあえずお茶でもしながら考えよっか」



手を引かれて着いて行く。



落ち着いた雰囲気のカフェで、山勢春樹はコーヒーを、小腹が空いた私はサンドイッチと紅茶を頼んだ。



趣味はとか、好きなものはとか、質問攻めにされながら、サンドイッチを口へ運んでいた。



「口の端、付いてるよ」



言われて触るけれど、なかなか取れない。紙ナプキンで拭こうとしたけど、素早く隣に来た山勢春樹が近づいてくる。



―――ペロッ。



逃げたのに、追い詰められ、押さえつけられて口の端を舐められる。



言葉にならなくて、口をパクパクさせている私を楽しそうに笑って見つめる。



「ぷっ、なんて顔してんの。可愛い反応するね、君は」



顔を背けると、また小さく笑われる。



「ぷいってした。ほんと、飽きないなぁ」



頭にキスをして、また自分の席へ戻っていく。



やっぱりこの男は苦手だ。



その後は、ほんとに普通に色んな店を回って、色んな品物を見て回るという、ウインドーショッピングなるものを体験した。



何か、楽しい。初めてだから、可愛いものとか、初めて見るものがあったり、余計に目を輝かせてしまう。



「ほんとに初めてなの? 目がキラキラしちゃってるよ。どこまでも可愛いね」



ことある事にベタベタしてくる男から逃げながら、デートも終わりを告げようとしていた。



しなくていい行動のせいで、楽しかったのは楽しかったけれど、その倍は疲れた。



「何か、普通のデートなんてしたのいつぶりだろ。久しぶりすぎて、純粋すぎるデートしちゃったよ」



なかなか有意義な顔をして、笑っていた。いつもの貼り付けたみたいな顔より、余程人間らしい顔。



「普段からその笑顔でいればいいのに」



「……えっと、どういう笑顔?」



「胡散臭くない笑顔」



そう言って顔を見上げる。少し驚いたみたいに固まる顔。綺麗な顔をしている。男にしておくのが勿体ない、中性的な顔。



「ははは、辛辣だね。俺の笑顔って、そんなに胡散臭いかな? 女の子はみんな喜んでくれるんだけどなぁ」



「私は今の方がまだマシだと、思う。自然で」



少し考えたみたいな顔をして、繋いでいた手を引かれて、向かい合わせで立たされる。



「じゃぁ、君が俺の自然な笑顔を引き出してよ」



「引き出してって言われても……私何も面白い事言えないけど……」



また笑った。



「隣にいてくれたらいいよ。ずっと、ね」



耳に口を寄せて囁く甘い声。



「君を、俺にちょーだい」



ちゅっと耳にキスをされる。耳を押さえて体を離そうと後退る。腰に手を回され、また引き寄せられる。



「だーめ。逃がさないよ」



「ぃやっ……ンんっ!」



強引。無理矢理。胸を押し返すけれど、後頭部を押さえつけて、倍の力で抵抗が無駄になる。



「唇……甘いね……っ……これはなかなか……ヤバいわ……んっ……」



「っ、やぁ……ンんぅっ、ふぁっ……ン」



スローで、ねっとりと纒わり付くようなキス。凄く、エッチなキス。



快楽だけを与えられてるような、いやらしいキスに、頭と腰が痺れる。



流される。



「うわぁ……見てあれ……」



声がして、人前である事を忘れていた。



顔に熱が集まり、力いっぱい抵抗する。



「わ、わかったっ! ごめんてっ! だから暴れないっ、でっ……」



「エッチっ! 変態っ! バカっ! こんなっ、人前、でっ、信じらんないっ!」



「そんな言い方したら、人前じゃなきゃいいって言ってるように聞こえるよ?」



暴れる私を抑え込むように抱きしめ、耳元でクスリと楽しそうに笑った。



痴話喧嘩みたいな状況に、いたたまれなくて、最後に山勢春樹の脇腹にパンチをした。



それでも嬉しそうに笑った顔が、頭に焼き付いていた。

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