第16話

毎週毎週、違う男とデートという乱れた休日を送っている私は、もう自分がビッチなんじゃないかって思う。



「諦めたみてぇな顔すんなよ。そんなに俺と出かけんのがヤなわけ?」



不機嫌を貼り付けた顔で、赤原勇樹睨まれる。



彼とが嫌とかではなく、こんな休日に疲れ切っていただけなのだ。



「違う。ちょっと、慣れない事に疲れたというか。何と言うか……」



「まぁ、お前みたいなんは、こうも毎週毎週色んな奴と出かけてたら、疲れるか。つか、お前、引きこもりなん?」



「活発に遊びに行くとかはないけど、図書館とか、本屋とかには、行く……」



ただ、誰かとずっといる事に、慣れてないのだ。



「ふーん、そんなとこまで地味なんだな」



笑うわけでもなく、ただ率直に出た言葉だったのだろう。



「遊園地にウインドーショッピング……。なるほどなぁ。王道デートね。体動かそうと思ったけど、お前そういうタイプじゃなさそうだしな……」



少し考えて、赤原勇樹は短く「行くぞ」と言って、歩き始めた。



他の人と違って、彼は私に触れてこない。



けれど、噛まれた時の事を思い出してしまう。



安全なのか危険なのか、よく分からない人だ。



着いた場所は水族館。



理由を聞いたら、妹がおすすめしてたから、だと言う。



彼には小学校四年生の妹がいるらしく、冷たそうな印象の彼は、意外に面倒見がいいみたい。



話を聞く限り、凄く大事にしているように感じた。



水族館は昔学校行事で来た事があった。



暗い照明に優しい音楽が、凄く癒される。



黙って見ている赤原勇樹の横顔を様子見しながら、ふと思う。



「あの……赤原、君は、楽しい?」



「は? 何だよ、急に」



「えっと、表情読めない、し……男の人って、こういう場所、どうなのかなって……」



単なる疑問に、赤原勇樹は特に考える事なく口を開く。



「他の奴は知らねぇけど、俺は嫌いじゃない。静かだし、落ち着くっつーか、ゆったり流れる時間? みたいな雰囲気とか、そういうのは好きだな」



感情をあまり出さないのか、分かりにくい人だけど、楽しいならよかった。



よく分からないけど、多分デートは二人が楽しくないと駄目な気がする。



私の歩幅に合わせるように、ゆっくり歩いてくれるところも、やっぱり妹さんにしてる事なのか。



私が誰かにぶつかりそうになる度に、手を差し伸べるところとか、自然と見えやすいような場所へ私を移動させたりと、何気に気遣いが凄い。



「手馴れてる……」



「あ? 何か言った?」



首を横に振り、水槽にまた視線を戻した。



少し人が増えてきた。ショーが始まるらしくて、そちらへ行く人達の波に飲まれそうになり、よろけてしまう。



「ったく、危ねぇな。フラフラしてんじゃねぇよ。お前、ボケっとし過ぎ。ほら」



よろけた私の体を引き寄せ、不機嫌な顔で呆れたため息を吐く。



手を出され、私は彼の顔を見る。



「手ぇ、出せよ。はぐれたら探すの面倒だろうが」



不機嫌な顔のまま、顔を逸らしてぶっきらぼうにそう言われ、私は戸惑う。



嫌そうなのに、そこまで気を使ってくれるのか。何か、いい人何なのかよく分からない。



「何だよ。嫌なのかよ」



「え? いや、だって、赤原君が嫌なんじゃないかと……」



そう言うと、眉間に皺が寄る。



さっきより不機嫌になった。何故だ。



「お前さぁ……嫌ならまずデートとかしねぇだろうが」



「だって、顔が嫌そうだったから……」



「こ、この顔はっ……元からだっ! いちいちうるせぇよ。ほら、行くぞっ!」



私の手を荒々しく掴んで、引きずるように歩き出した彼の耳が赤く見えたのは、照明のせいだったのだろうか。



イルカショーとアシカショーを見終え、少し遅い昼食を取る。



このデートで分かった事がたくさんある。



気遣いとか妹さんの事とかはもちろん、前々から思っていたけれど、彼は凄く食べ方が綺麗だ。



この人の好感度が凄く上がっていく。元々あまりよくなかったからか、好印象過ぎる。



モテるのが分かる気がする。後は、もう少し物腰柔らかくあれば、完璧だと思う。言わないけれど。



昼食を取って、休憩して、お土産を見たりとなかなかデートに慣れて来た頃、真剣な顔でお土産を見つめる赤原勇樹に、私は声をかける。



「どうしたの?」



「いや、妹に何か買ってくかと思ったんだけど、何がいいかと」



ぬいぐるみにするのか、実用的な物にするのか。悩んでいるようだ。



あまりに真剣だから、こちらもつられて考えてしまう。



「うーん……今、小学校行ってるなら、学校で使えそうな下敷きとか、そういう筆記用具系は?」



「そう、だな……使えるもんのがいいか。よし、じゃ、それにする。サンキュ」



楽しそうに笑って選ぶ赤原勇樹の、初めて見る無邪気な顔に、心臓が跳ねる。



会計を済ませ、出口へ向かう途中、私のスマホが震える。



メッセージが届いたようで、遠慮気味に赤原勇樹を見上げると、見ればと言われる。



画面を見ると、ある男の名前が出ていた。



〝葛城琉玖夜〟



知らない間に入れられていた連絡先。



メッセージを開くと、ドクンと心臓が激しく動いて、体が熱くなる。



〝めちゃくちゃ、会いたい〟



まるで恋人のようなメッセージに、汗が出る。



恥ずかしくなってきた。



一言だけなのに、こんなに衝撃が走るとは。



顔に熱が集まって、むず痒くなってきたので、スマホをカバンに戻す。



ずっと心臓がうるさい。何でこんなにうるさいのか。



ずっとスマホの文字が頭を支配する。



「おい……おいって」



「へっ!? あ、ごめん」



また不機嫌そうな顔になる。



違う人の事で頭をいっぱいにして、目の前の男をほったらかしている。失礼な事をしてしまった。



「琉玖夜?」



「えっ!? あ、えっと……うん」



また眉間に皺が深くなり、手首を掴まれて引っ張られる。さっきまでの気遣いはなく、ただ強い力で引っ張られる。



「い、痛いっ! 痛いよっ……」



強く掴まれた手首が痛み、苦痛を訴えるけど、無言でスルーされる。



人気のない通路に連れていかれ、壁に押し付けられる。背中が痛み、顔を歪める。



壁ドンをされている。女子がときめくシチュエーションなはずが、今はそんなもの微塵もない。



顔が、怖い。放っておいたのが、そんなに彼の機嫌を損ねたのだろうか。



「お前は今、俺といんだろ。琉玖夜じゃ、ねぇだろ……」



「赤原、君?」



「他の男の事なんか……琉玖夜の事なんか……考えてんじゃ、ねぇよ……」



苦しそうに眉をひそめた赤原勇樹に、私は何も言えなかった。



「俺だけを、見てろ……」



「あかっ……ぅんンっ!」



噛み付くような、食べられるような乱暴なキス。抱きしめられながらされるキスに、身動きが取れない。



「んんンっ、んんっ! んーっ! はぁっ、っ、っふぁ……んっ……」



力を入れても、全く歯が立たない。



力で来られたら、私なんてかなう筈もなくて、乱暴だったキスが、甘いものに変わっていく頃、私の力は抜けていた。



「はぁ……嫌いな男に、んっ……力でっ、ねじ伏せられる気分は? はっ……っ……」



「ゃっ、ぅんっ……ンぁっ……」



煽るような事を言っているのに、自分の方が傷ついたみたいな顔をする。



受け入れる以外に、方法が思い浮かばなかった。



蹴るとか暴れるとか、色々あったはずなのに。あんた悲しそうで、苦しそうな顔を見た後にそんな事が出来るはずがなかった。

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