第三章

第12話

今日も相変わらずの声に、うんざりする。



あの人達は、毎回毎回こんな事を繰り返していて、何が楽しいんだろうか。



久しぶりに帰宅した父親のうんざりしたような怒声。



母親のヒステリックな泣き喚き声。



いい加減にして欲しい。



耳栓でも買って来ようか。



今日はあまりにもやり取りが激しくて、耐えきれなくなった私は、机に置いてある伊達眼鏡を掛けて財布を持って上着を羽織り、自室を素早く出る。



言い合いをしている両親に会わないように音をあまり立てないよう家を出た。



近くのコンビニへ向かう途中に、小さな公園がある。



少しそこへと足を向けて、ブランコに腰掛ける。



夜だから誰もいなくて、静寂だけが私を包み込む。



たまに来るこの夜の公園は好きだ。



だいぶ肌寒く感じるようになったけれど、それでもここに来てしまう。



「美遥?」



人がいる事にもびっくりしたけれど、何故ここにいるのか。



「な、なっ、え?」



暗い公園のライトに照らされた彼――葛城琉玖夜は、いつもより髪型が落ち着いていて、学校で見るよりも少し幼く見えた。



それでも制服じゃなくて、スウェットにパーカーを着たラフな彼も、やっぱり格好いいのだと思う。



モテるのが分かる気がする。



「それ、部屋着? やば……可愛すぎねぇ? 勃つレベルだわ」



前言撤回。



やっぱりこの男は最低だ。



「で? んなとこで、何してんだ? 女が一人で夜の公園とか、危ねぇだろ」



「別に。近所だし……大丈夫」



葛城琉玖夜が隣のブランコに座る。



最初の質問から、特に何を聞く訳でもなく、ただ黙って隣にいる。



沈黙。でも、気まずさとかは全くない。



「どっか行くんじゃなかったのか?」



「え?」



「財布持ってるから」



コンビニで時間を潰すはずだっただけで、特に何かを買おうと思ったわけでもなかった。



それを伝えると、ふーんとだけ返ってきて、また黙ってしまう。



彼は何で一緒にいてくれるんだろう。



「そっちは? 何でここに?」



「ダチにDVD返しに行った帰りに、ここでお前見つけたから。こんな時間に女一人にしとけねぇし」



当たり前みたいに「好きな女なら尚更」と付け加える。



私じゃなくても、女の子が一人でいてもこうやって、優しくするのだろうか。



なんて、私は何を考えてるのか。



別に、彼が誰に優しくしようが、私には関係ないし。



別に、気になる、とかじゃ、ない、はず。



チラリと葛城琉玖夜を横目で見る。



切れ長の目と視線がぶつかる。



まさかこちらを見ているなんて思わなくて、心臓が飛び跳ねる。



恥ずかしさで目を逸らして俯く。



「な、なにっ……あんま、見ないでよ……」



「無理」



「は? 無理って……」



「可愛いから見ちまう。しょーがねぇじゃん」



何で簡単に恥ずかしげもなく、そんな言葉を口にするんだ。



隣で彼が立ち上がる気配がする。



目の前に来て、視界に入るようにしゃがみ込むと、私のブランコの持つ部分を握る手を包み込むように握る。



「なぁ……俺本気でお前の事好きなんだけど、まだ駄目? 誰にも渡したくねぇし、お前が欲しくてたまんねぇ」



熱のこもった目を真っ直ぐ向けられ、目が逸らせない。



「俺のもんになって? 俺の彼女になって」



片手が私の頬を包んで、彼の親指が唇をなぞる。



体が、金縛りにあったかのように動けない。



冷たい唇が、ゆっくり触れる。



自然に目を閉じる。



流されてるだけ。分かってるのに、受け入れてしまう。



やっぱり最近の私はおかしい。



何度もちゅっちゅっと小さな音を立てて、触れるだけのキスが繰り返される。



「口、開けて……」



なすがままになっている私は、言われた通りに口を少し開けると、温かい舌が滑り込んでくる。



ゾクリと背中を何かが走り抜け、内腿に力が入る。



「はっ、ぅんンっ、んはぁっ、っ……」



「はぁ……トロけた顔してんね……すげぇエロい声、漏れてっし……っ……」



正直、彼のキスは、凄く気持ちいい。



お腹の奥がキュッとなる。



「やべぇ……マジで可愛いっ……これ、止まんねぇわ……んっ……」



「もぉっ……ンんっ、ゃっ……」



「もう、ちょいっ……はぁ……んっ……たまんねぇ……」



これ以上は、色々マズい気がする。



何がと聞かれると、初めての感覚で、何とも言えない感じだ。



力が入らない体に無理矢理力を込める。



「んんっ! はぁっ……っ、もっ、これっ……ンっ、ふっ……だ、ダメっ!」



体を押し返すのは意味がなかったので、必死に顔を背けて彼の肩に顔を埋める形になる。



荒い息をしながら、少し涙目になっている自分に気づく。



後悔と罪悪感が凄い。



尻軽か、私は。



「悪い、やりすぎた」



「最っ低っ、バカっ、さいあっ……んっ……」



涙目になりながら、夢中で葛城琉玖夜に悪態を吐いていると、またちゅっとキスをされる。



「ごめん」



ほんとに悪いと思ってるのか、ちょっと楽しそうな困ったような顔で笑っていて、怒る気力がなくなった。



また葛城琉玖夜の肩に額をつける。



「笑うな、バカ……」



「ごめんて。美遥、可愛い、めっちゃ好き」



耳元で楽しそうに言う葛城琉玖夜に「うるさい」と呟いて、少し笑った。

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