第10話

触らせるなと言われても、具体的にはどうしたらいいのやら。



私は凄く困っています。



今まさに凄く、凄く困っております。



「ねぇーねぇー、俺とデートしよー。ねぇーねぇー」



屋上で昼ご飯を食べ始めたばかりで、さっきから右隣に座る岸宮玲はずっとこの調子だ。左隣にいる葛城琉玖夜は不機嫌だし、もう散々だ。



いや、そもそも何で私がこんな気を使わなければいけないのか。



屋上の入口が開いて、残りの二人が現れる。



「おっ! 美遥ちゃん、髪下ろしてんの? 可愛いね」



「どーも……」



髪を結い上げたいのに、誰かさんが思いっきり噛んだせいで、下ろさなきゃ噛み痕が丸見えだ。



鬱陶しいから、つい髪を避けるけれど、その度に噛み痕を思い出してそこを隠すように、また髪を触るを繰り返す。



無言で立ち上がり、私の後ろに回ってしゃがみ込む赤原勇樹が、髪に触れる。



黙ったまま、私の髪を束ねて小さく「ゴムは?」と聞いたので、私は手首にはめていた髪ゴムを渡した。



噛み痕を、束ねられた髪が隠すような髪型が完成する。



「器用なんだね」



「別に。毎日妹の髪やってるから、慣れてるだけだし……つか、仕返しかよ……ほんと、ムカつく……」



「え?」



後半が聞こえず、聞き返した私を見ずに葛城琉玖夜を一睨みして、また同じ場所に座ってパンをかじり始める。



葛城琉玖夜も、何事もなかったかのように食事をしている。



聞くタイミングを逃してしまったので、私も食事に集中する。



「美遥ちゃ〜ん、聞いてる〜?」



「き、聞いてる、けど……」



「じゃぁ、デートしてよ」



少し真剣な目で見つめられて、少しドキッとする。彼のこんな顔をなかなか見る事がないから。



「しねぇよ」



「はぁ? 琉玖夜には聞いてないし。てかさ、美遥ちゃんは、お前のじゃないんだから、琉玖夜が断るとかおかしくね?」



「どうせ俺のになるからな」



葛城琉玖夜は物凄い当たり前のように、ドヤ顔でそ言って、当たり前のように私のお箸に摘まれていたお弁当のおかずを、横から勝手に食べた。



「うわぁ……何その自信。キモっ」



「ちょっとっ、勝手にたべないでよっ!」



「なぁ、俺にも作ってきてよ、それ」



「ねぇ〜、デートしよ〜」



何か色々忙しい。



なのに、ちょっとこの状況に馴染んできている気がする。



最近はこれが当たり前で、日常の一部になりつつあった。



何やってるんだろう、私は。



この状況が、楽しくて、居心地がいいって思ってしまっている。



「俺もデートしたいな」



突然違う声がして、そちらの方を見ると、いつもの胡散臭い笑顔ではなく、自然な柔らかい笑顔を浮かべる男と目が合う。



面倒が増えた。



正直この人は何を考えているのかが全く読めなくて、得体が知れないから少し怖い。



「順番でデートしてもらえよ。俺、最後な」



「へ?」



「は?」



「ん?」



約一名が無言の中、提案した赤原勇樹に視線が集まる。



「ちょっと勇樹、何でお前がデートすんのさ」



「彼女に興味なかったはずだよね?」



「気が変わった。琉玖夜のもんになるのも特に気に入らねぇし、俺のもんにする」



どうなってるんだろう。私は何に巻き込まれているのか。とりあえず、本気かは分からないけど、ここにいる全員から好意を持たれているらしい。



ありがたいことなんだろうか。



ハーレムってやつか。



確実に、この学校にいる彼らのファンに殺されるな。



「全員とか……罪な子だよね、君って」



立ち上がった山勢春樹は、私の前にしゃがんだ。



「君は、誰に堕ちるのかな? 俺に堕ちてくれたら、嬉しいな」



倉庫で葛城琉玖夜に言われた事を、全く守れず、あっという間にちゅっとキスをされた。



「なっ……」



「何? もっと激しいのがよかった?」



意地の悪い顔で覗き込む山勢春樹を睨む。



「ずるっ! 俺もしたいのにっ!」



「知らないよそんなの。したけりゃすれば?」



いやいや、私の体なのに何を勝手な事を。



ギャーギャー騒ぐ二人にため息を吐いていると、腕が私の体に巻きついて引っ張られる。



「触らせんなっつったろ。よりによってキスなんてさせてんじゃねぇよ」



「そ、そんな事言われてもっ、突然来られたら毎回避けてなんっ……ンんっ!」



噛み付くように唇を塞がれ、舌が入ってくる。



「ゃっ、んんっ、ぁっ、ふっ……」



もう、ほんとにどうなってんの。



私の気持ちは全て無視される。ほんとにみんな勝手。



―――ドンッ!



力いっぱい葛城琉玖夜の体を押して突き放す。



涙が滲むけれど、どうでもいい。



「もう、いい加減にしてよっ! 毎回毎回勝手にキスしてきたり、噛み付いてきたり、人の気持ち無視して、何なのよっ! 私はあんたらの玩具じゃないっ! これだから男はっ……ほんと、さいってーっ!」



呆気に取られている四人を無視して、素早くお弁当を片付けて立ち上がる。



「何で怒んの? 好きだから触りたいし、キスしたいって思うの、悪いのか?」



「まぁ、今までしたい時にしてたし、怒られた事ないからね俺等」



呆れて何も言えない。



いや、駄目だ。言わなきゃいけない気がする。



「あんたらの周りの女と一緒にしないで。同意なしにそういう事するのはっ……は、は、犯罪ですっ!」



それだけ言って、私は屋上を後にした。



我ながら、語彙力のなさにびっくりしている。



これで少しはマシになる事を願いたい。



私もしっかりしろ。流されるな。



両頬をパンと一叩きして、教室へと戻った。

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