第9話

葛城琉玖夜。



他にもいるはずなのに、何で、あいつなんだろう。



ほんと、赤原勇樹の言う通りだ。



被害者ぶって、男が嫌いだとか、憎いとか言いながら、私は今その〝男〟に助けを求めたんだ。



ほんと、自分勝手すぎて呆れる。



スカートに手を入れられ、下着に手がかかる。



「ゃ……いやっ! いやだっ!」



「るせぇなっ……急に元気になってんじゃねぇよっ!」



体から血の気が引いて、力いっぱい叫んで、暴れる。



押さえつけられ、また頬を叩かれる。



「楽しそうな事してんな、笑えねぇけど」



声がして、男達が一斉にそちらを見る。



安心感。それがこんな少ない言葉だけで、全身を支配する。



どうして、こんなに安心してるんだろう。



最初は聞きたくなかった声なのに、今は全身が求めてしまう。



ほんとに勝手だけど、でも、どうしようもなくて。



「美遥」



名前を呼ばれ、ビクリとする。



「奥の壁側に移動出来るか? できるだけそっから離れて、耳塞いで、目瞑って10秒数えてろ」



低い声がそう告げる。私は言われた通りに、震える体を動かして移動し、耳を塞ぎ、目をギュッと強く閉じた。



遠くの方で何か音と、くぐもった声のようなものが聞こえたけど、耳にある手を離す事も、目を開ける事もしなかった。



後、3秒。



2……1……。



0とカウントが終わり、耳を塞ぐ手を離し、目をゆっくりと開けると、さっきまでいた男達はいなくなっていた。代わりに、葛城琉玖夜が目の前にいる。



ふわりと香水が鼻を擽って、肩から何かが掛けられた。



「大丈夫か? って……大丈夫なわけ、ねぇよな……。悪ぃ、探すのに手間取って、遅くなった」



彼の大きな上着が体を包む。血の気が引いて冷えた体を、温もりが支配する。



涙が出る。頬に流れる涙が止まらず、床を濡らしていく。



「触って、いいか? 怖い?」



滲む視界で、私と視線を合わせるようにしゃがんで、少し困ったような顔の彼を見る。



いつも無表情で涼しい顔をしているのに、汗が額を濡らしている。



自然と動いていた。



「っ……」



「……走ったの? 汗、凄い……」



指で額の汗を拭いながら、前髪に触れる。



その手を優しく握られる。



鋭い目に見つめられ、指にキスが落ちる。



涙を指で拭われ、手を引かれる。腕の中にすっぽり収まる。



何も言わず、ただ抱きしめて、髪を撫でてくれる。



私は、その心地良さに目を閉じる。



さっきまでの気持ち悪さが消えていくみたいに、体の震えも止まっていた。



どのくらい抱きしめられていたのか、静寂を破ったのは、葛城琉玖夜だった。



「落ち着いたか?」



「ん……あり、がと……」



今更恥ずかしくなり、顔に熱が集まる。



体を離して、私は深呼吸をして、彼の顔を見た。



「どうして、ここに?」



「ん? あぁ、図書室かと思って行ったら、図書委員にお前の姉貴の事聞いて、嫌な予感したから、ちょっと頑張ってみた。俺……なかなか偉くね?」



ほんと、凄い人だ。



どうしてここまでしてくれるんだろう。



しかも私は、それを嬉しいと思ってしまっている。



どこまでも調子がいい女。最低だ。



「でも、間に合ってマジでよかったわ……。お前に乗っかるアイツ等の姿見た時、すっげぇ焦って……頭真っ白んなった。アイツ等殺しときゃよかったか……。はぁー……つか、こんな気分、初めてだわ……」



項垂れて、後頭部を片手で押さえながら、大きな息を吐く。



心臓の鼓動が早くなる。



まるで、全部で好きだと、大事だと言われているようで。



私は、やっぱり被害者ぶってた。自分だけが不幸なんだと思って、男が嫌いで憎いと、そうやって、子供みたいに八つ当たりしてただけだったんだ。



どうしようもないくらい、自分が愚かだと笑えてくる。



こんな可愛げも何もない私に、彼は何故こんなにも必死になるのだろうか。



いつも無表情で、余裕で、クールなのに。



「あの……」



「ん? どした? どっか痛いか?」



どこまでも優しくする彼に、涙が滲む。けれど、ちゃんと言わなきゃ。



「私、自分の気持ちしか考えて、なくて……その……関係ないあなた達に、当たって……」



何も言わず、ただ黙って私の言葉を静かに聞いている。



「ごめんなさい」



頭を下げる。座りながら頭を下げると、まるで土下座のようになるけど、そのくらいしてもいいレベルだ。



じっと動く事もしなかった彼は、少しして、私の頭をくしゃりと撫でる。



「別に謝る必要ねぇんじゃねぇの? お前にはお前の考えとか、理由があるんだろうし。俺も怒ってるわけじゃねぇし。それに、お前が男嫌いだろうが憎かろうが、ぶっちゃけどうでもいいんだよ」



どうでもいいのか。理由でも聞いてくるのかと思った。



「お前が俺に惚れりゃいいだけの話だしな」



心が広いというか、ただ単純に出来てるというか、シンプルな人なんだ。



「俺、女に本気になったのお前が初めてだし、気持ちの加減とか分かんねぇから、とりあえず諦めろ」



そう言って少し口角を上げた彼に、ドキッとする。



駄目だ。吊り橋効果的な何かが発動してる気がする。



助けられて、フィルターがかかってる。



「なぁ、もう、怖くねぇ?」



「あ、だいぶ、落ち着いたから、大丈夫……」



そう答えると、彼は近づいてくる。かなり、近くに。



足に挟まれる形で向かい合う。



至近距離で見つめられ、さっきよりまた鼓動が早くなる。



「あんま思い出させたくはねぇんだけどさ、このままってのは俺的に気持ち悪ぃっつーか」



言葉を選びながら話すのを、不思議に思って見ていると、突然真剣な顔が向けられる。



「アイツ等に、どこまでされた?」



「っ……」



「言って……上書きしてぇから」



囁いて、額にキスをされる。



思い出すだけで、ゾッとして怖くなるけれど、それ以上に彼が与える、鼓動の速さの方に意識を持っていかれる。



覚えている範囲で説明すると、それと同時に彼の顔が、私の肌けたシャツの間から見える肌に埋まる。



「ちょ、んっ……」



「はぁ……次は?」



わざとなのか、音を立てて肌にキスをしたり、舐め上げたりされるのに、先程とは違って、変な感じがする。



お腹の下辺りが、熱くなるような感覚。



「ぁっ、やっ、そ、んなと、こっ、までっ、されてなぃっ……あっ……」



「何? 俺にされて、感じた? はぁ……エッロい顔」



足からおへそ、胸、首へと上がってくる唇。



「そういえば、今日髪垂らしてんのな? 可愛いじゃん」



予想外の褒め言葉にまた胸が跳ねる。



天然のタラシかこの男は。



「でも、垂らしてたらお前の綺麗な首がハッキリ見えね……っ!?」



葛城琉玖夜の動きが首筋で止まった事で、ハッとした。



首には、赤原勇樹が付けた痕がある事をすっかり忘れていて、手でそこを隠して少し後退る。



「それ、今日のじゃねぇよな? 新しくねぇだろ……」



何も言えず、目を逸らす。



同じ部分に痛みが走る。



「ぃたぁっ……んっ……」



「言え、誰が付けた?」



低く鋭い声と射抜くような目。



誤魔化す事は許さないとでもいうような、厳しくて冷たい目。



でも、相手はこの人の仲間で。



「言わねぇの? なら、体に聞くしかねぇか」



「え、あぁっ!」



ブラの上から、思い切り胸の突起を噛まれる。



「痛い? 言わねぇならもっと続けるけど?」



痛いのは、嫌だけど、でも。



私が言い淀んでいると、彼は少し考えて口を開く。



「なるほどな、言えねぇ相手って事は玲? それとも春樹か? まさか、勇樹なわけ……」



最後の名前に、体をビクつかせてしまい、ハッとする。



「あいつまで……お前、どんだけ男引きつけんだよ……敵だらけじゃん、俺」



「あぁっ、もぉ……いつま、でっ……」



「あ? もうちょい……駄目? お前の肌、気持ちよすぎ……」



さっきとは違って、少年の顔を覗かせて上目遣いで見つめてくる。



可愛いと思ってしまう私は、雰囲気に流されているのか。



肌を舐め上げ、ちゅっちゅっと音をさせながらキスが体中に降る。



「誰にも渡さねぇから。お前は、俺がもらう。だから、誰にも触らせんな」



顔が近づき、目が細められる。



「返事は? ん?」



優しく囁きながら、鼻を擦り合わせる。



視線が交わり、その綺麗な目に引き込まれて、気づけば頷いていた。

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