第7話
逃げていた。はずだった。
タイミングという言葉が怖くて仕方ない。
目の前に立ちはだかる大きな影に、ため息が出る。
「あの、用があるならさっさとして、私職員室行かなきゃいけないんだけど」
何も言わず、ただ私の事を見下ろす、いつも無表情な男。
凄く見つめられている。なんか、妙な気分で、俯き気味に目を逸らす。
目の前に何かが差し出される。
「やる。俺が持ってても仕方ねぇし。捨てんのも何か違うし……女ってこんなん好きなんだろ?」
ピンクの小さな花が押し花のようになっている、しおりだった。
差し出されたまま動かない葛城琉玖夜の手から、それを受け取って見上げる。
「えっと、あり、がとう……」
そう言うと、満足そうに口角を上げて、目を細めて笑う。
微かに、ほんとに微かに、心臓がトクンとなったような、気がしなくもない。気の所為だと思いたい。
そうだ。綺麗な顔だからだ。きっとそう。綺麗な顔に微笑まれたら、みんなドキドキするに決まってる。だから別に変じゃない。
頭をくしゃりと撫でられ、顔が近づく。
あっという間だった。唇に柔らかい感触の後、キスをされたのだと理解する。
驚きで固まっている私の唇をひと舐めしてから離れ、意地悪く笑う。
「礼はこれでいい。ごちそうさん」
頭を軽くポンっと叩かれ、葛城琉玖夜は去っていった。
残されてから少しして、我に返る。
「何が礼はこれでよっ! ムカつくっ……」
何でみんなすぐにキスしてくるのか。
私はそんなに隙だらけなのだろうか。
最近一緒にいすぎたからか、やたらと毒っ気を抜かれている気がする。
これ以上馴れ合っちゃ駄目だ。
嫌悪しているはずの男に、いとも簡単に翻弄されるなんて。ほんと、あの家の人間の血が自分にも流れているのを、改めて突きつけられる。
「ほんと、笑える……」
自虐的な笑顔を浮かべ、職員室へと足を向けた。
職員室での用事を済ませ、教室へ戻る。
何で次から次へと。
派手目の女の子を二、三人引き連れ、前から歩いてくる見覚えある姿。
こちらを見る視線を感じながら、私は顔を逸らしながら足を早める。
特に私に関わる事をしない彼は、私を地味だと馬鹿にする。
しかし皮肉な事に、今一番私の中で安全な人。
ホッと胸を撫で下ろして、安堵のため息を吐いた時だった。
「よぉ、地味子。なーにやってんの?」
肩に腕を回され、体重がかかって少しヨロける。
予想外の事に声が出せず、そちらを見る。
「何だよ、今日はいつにも増してアホ面だな」
「お、重いっ……離れてっ……」
壁に追い詰められ、近づく体を必死に押し返す。
「お前さぁ、態度があからさまなんだよ。イラつく」
そんな事を言われても困る。嫌なのだから仕方ない。
「男嫌いとか知らねぇよ。んなもん俺等には関係ねぇだろうが。被害者ぶってんじゃねぇぞ」
「ぃたっ……」
首筋に痛みが走る。
「こっちこそお前みたいな女、大っ嫌いだよ」
苛立ったように低く唸るように言う。
首がジンジンと痛む。
関係ないなら放って置いて欲しい。
「嫌いなら……何で構うのっ……放っておいてよ……」
「っ……!」
男の前で泣くなんて、駄目だ。今は、我慢しろ。
顔を隠すように顔を背け、彼の体を押し退ける。
思っていたより簡単に体が離れた。
痛みに耐えながら、トイレに駆け込む。
鏡の前に立って、涙が零れないように深呼吸しながら上を向く。
「ほんと、何なのよっ……」
そう呟いて、私は鏡に目を向けてハッとした。
首に、痕がある。
噛み痕。歯型だ。あの痛みの原因はこれだったのか。
「し、信じられない……」
どんな嫌がらせなんだ。嫌いだからって、こんな仕打ちはありえない。
「どうすんのよ、こんなの……消えないじゃない」
ご丁寧にギリギリ見える所につけられたそれは、まるで呪いのように見えた。
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