第6話

私は今、漫画の世界にでもいるんでしょうか。



校舎裏、知らない女子生徒、その人達に壁際に追い詰められて囲まれる私。



とりあえず香水臭い。頭が痛くなってくる。



「あの、何か?」



「地味な癖に、私達の琉玖夜達にどんな手使って取り入ったわけ?」



「そうよ。あんたみたいな地味な女、本気で相手にされてるとでも思ってんの?」



「付きまとってんじゃねーよ、このブス」



好き勝手に言われながら、苛立ちを抑えながらできるだけ冷静に返す。



「いや、あの、別に私が付きまとってるわけじゃないんですけど……迷惑してるのはこっちなんですが……」



そう言うと、彼女達の顔が怒りに歪んでゆく。



私は地雷を踏んだようだ。ほんとにあの人達と関わってから、いい事がひとつも無い。



私の平和はどこへ行ってしまったのか。



「調子乗ってんじゃねーよっ!」



一人の女子が手を振りあげた。



すぐ殴ろうとするところまで漫画だ。



「はいストーップ」



笑顔で彼女の手を止めたのは、山勢春樹。



また胡散臭い笑顔を浮かべているなぁと思った矢先だった。



「君達さぁ……何様?」



「ひっ……」



ゾクリとした。こんなに寒気のする笑顔は、初めて見たかもしれない。



やっぱりこの人は、裏がある。



「てか、誰? 彼女に文句言えるくらい偉い立場なわけ? 違うよね? ほんと、どっちがブスなんだろうね」



「いっ、痛いっ……」



掴まれた腕がギリギリと鳴る。



「この腕折れたら、もう彼女に手を出さないようになるかな? あぁ、もう片方も悪さ出来ないように、両手共折っとく?」



腕を握られている女子が、真っ青になり歯をカチカチと鳴らして震えている。



これはほんとにマズイ気がする。



私は彼の腕に手を添える。



「ちょ、ちょっと、待って……やり過ぎだと、思う……」



「え? 何で? やるなら徹底的にやらなきゃ、こういう奴等は理解しないよ?」



何が悪いのと言ったように、不思議そうな顔で私を見下ろすその目は、恐ろしくなんの感情もなかった。



「何してんだ?」



「なになに〜? お? 修羅場? 修羅場ってやつ?」



「この子達がうちの大事なお姫様イジめてたから、ちょっとお仕置しようかなぁってさ」



楽しそうな岸宮玲と、その後ろで興味がなさそうな顔でこちらを見る葛城琉玖夜と眠そうに欠伸をした赤原勇樹。



「お前の事だから、まーた暴走したんじゃねぇの? つか、お仕置ってレベルじゃねぇだろ、それ。真っ青じゃん。チビってんじゃね?」



楽しそうにはははと笑った赤原勇樹は、すぐに興味がなさそうに彼女達から視線を逸らした。



この人達は大丈夫なのだろうか。将来が心配になる。



「あの……もう、いいですか? 戻りたいんですけど……」



と聞いてみたところで、山勢春樹の手が外れて、彼女達は必死に逃げていった。



少しホッとする。いくらなんでもやり過ぎだ。仮にも女の子相手に、尋常じゃない。



「君さ、優しすぎるのはよくないよ?」



「いや、優しいとかじゃなくて、あそこまでやる必要はなかったかと」



引き下がらない私に、ため息を吐いて呆れたように「甘いよ」と苦笑した山勢春樹は、もう普段の彼に戻っていたようだった。



そしてふと思う。誰が誰のお姫様だ。



何か段々おかしな事になってきている気がする。



駄目だ。やっぱり早くこの人達から離れないと。



男が嫌いで、男が憎い私が、こんな男だらけの環境で毎日過ごしているとか、なんの災難なんだろう。



厄年か? 呪いか?



ほんと、何が男嫌いだ。言ってる事とやってる事が全く違う自分に、何だか笑えてくる。



「ほんとにもう、私に関わらないで。男はほんとに……嫌いなの……憎いの……」



前髪をくしゃりとして頭を抱える私に、四人は何も言わなかった。



駄目だ。泣きそう。



情けなくて、逃げ出したくなって、その場を去ろうとした。



「悪いけど、お前のその頼みだけは、聞いてやれねぇ」



「……なんでっ……」



「分かんねぇ」



「はぁ?」



葛城琉玖夜がいつもの無表情な顔で、じっとこちらを見る。



この私の全てを探って見透かそうとする目は、ほんとに嫌い。



しかも、今日は少し寂しそう。まるで私が悪いみたいじゃない。そんな目で見ないでほしい。



「初めてだから、お前みたいな女。構いたくて、触りたくて、そばに置いときたいって思った女」



「うわぁ……プロポーズかよ。恥ずいわ。俺こういうのパス」



そう言って赤原勇樹は去っていく。



代わりに、葛城琉玖夜が近寄ってくる。少し後退る。



「お前がどれだけ拒もうが、誰にも渡す気ねぇし、諦めるつもりもねぇよ」



親指で私の目元をスっと撫で、背を向けて去っていった。



もうお手上げ。成す術がない。



「へぇー、あの琉玖夜が……本気とか……君やるねぇ……」



ただ呆然と立っている私の耳元に口を寄せ、山勢春樹は囁く。



「俺も君に興味沸いちゃったから……少し本気出しちゃおっかな……」



「ちょ、やめてっ……」



「いいねぇ〜その反抗的な顔……めちゃくちゃそそる……。張り合いあって、俄然やる気出てくるよ……どこまで虚勢を張っていられるかな?」



耳をペロリと舐め、笑う。まるで悪魔のようだ。



「あ〜あ、何であいつまで……最悪……。俺めちゃめちゃ頑張んなきゃじゃんっ!」



一人残った岸宮玲が両手の拳を握りしめる。



「俺っ、頑張るからねっ! 絶対、好きになってもらうからっ! 覚悟しろよ〜っ!」



これは告白なんだろうか。勝負に挑むような言葉を吐き、岸宮玲は小走りでこちらに向かってくる。



「あいつらばっか見ないで、俺もちゃんとみてよ?」



ちゅっと音がなり、一瞬だけ唇が重なった。



「うわ、やばっ……唇柔かぁ〜……へへ、ちゅーしちゃった」



はにかむ様な顔で笑って、足取り軽く去っていく。



みんな自分勝手に人で遊びすぎだ。ここは外国か。簡単に奪われる私も私だ。



「体力も防御力もゼロ……最悪……」



自分にこんな色恋沙汰なんて事が微塵もなかったから、危機感なんて持ち合わせてない。



葛城琉玖夜だけならまだしも、他に二人もなんて、私には荷が重すぎる。キャパオーバーだ。



誰か助けて。逃げたい。めんどくさい。



つくづく恋愛が向いていないと思う。戸惑いの方が強くて、巷でいうようなドキドキだとかトキメキだとかいう感情なんて、全くあるわけがなかった。



途方に暮れながら、その場にズルズルと座り込み、暫く動けずにいた。

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