第一章
第4話
図書委員がきたおかげで、あの日私は彼の手から逃れられた。
もう疲れた。何であんなに執着してくるのか。ほんとにウンザリだ。
先生に頼まれた倉庫整理を手伝った帰り、教室へ向かう私の耳に、明るい声が届く。
「あ〜、こないだの可愛いお下げちゃんみぃ〜っけ〜」
「お、ほんとだ。最近この子にやたら琉玖夜がご執心なんだろ?」
「相変わらず地味だな」
「お前失礼だな。地味でも可愛い方じゃね」
何気にみんな背が高いからか、群れると迫力があった。
無意識に体に力が入る。
次から次へと、ほんとに勘弁して。
「ははは、そんな露骨に嫌な顔しなくたっていいじゃん。何もしないよ?」
「俺もー。君は俺のタイプじゃないし」
何も言っていないのに、フラれた感じになるのが気に入らない。何様なんだろう。
軽く会釈だけしてその場を去ろうとする。
「あ、ねぇねぇ〜、待ってよ」
最初に出会った時に、私を育て甲斐があると言った一人が肩に触れた。
触られた事に、素早く体を引いた。
「おっ、ごめんごめん、男嫌いだったっけ。触るのも駄目かぁ〜。じゃ、とりあえず、
頭がおかしくなりそうだ。
葛城琉玖夜だけでも手を焼いているのに、私が一体何をしたと言うのか。
私にモテ期は全く必要ない。
凄く、めんどくさい。
「あの人にも、あなたにも興味はないし、今後出る事もありません。あなた達なら、他にいくらでも相手はいるでしょう。気まぐれで私を巻き込まないでくださっ……」
「勝手に気まぐれって決めつけんじゃねぇよ」
後ろから首に腕が回される。ふわりと甘い香りがした。
葛城琉玖夜だ。
「やめてっ……」
「だからやめねぇって。お前もしつけぇよ」
あんたが言うか。
もがくのに、ビクともしない男の腕。
ほんと、何で私は女なんだろう。こんな男の腕一つ振り解けないなんて。
悔しい。悔しすぎる。
「あの、どうしたら私に関わらないでもらえます? 姉でも紹介しましょうか?」
「あ? 姉って、何の話だ?」
首を捻って後ろを見上げながら、葛城琉玖夜にそう問うと、眉間に皺を寄せる。
今までだって散々姉目当てに近づいてきた男がいたし、姉目的な男が寄ってきて凄く迷惑で。自分の時間を姉のせいで奪われてきた。
だから、こうやって自分から姉を紹介なんて、珍しい事じゃなくなった。
「あー、思い出したわ。君さ、有名なお姉さんいるでしょっ!?」
初対面で肩に触れた人――
「有名なん?」
「俺も聞いた事あるわ。確か……さん……さんしょく……なんたらってやつ。清楚で綺麗でスタイル抜群で、何かエロいって聞いた。見た事ねぇけど。つか、そんなんが地味子の姉ちゃんとか、似てなさすぎじゃね?」
ほんとにこの人は失礼だ。勝手に振って、地味を連呼し、挙句にやっぱり姉と比べてくる。ほんと、腹が立つ。
「才色兼備な」
葛城琉玖夜に指摘される、地味を連呼する人――
「そう、そんな感じのやつ。でも……そんな有名な地味子の姉ちゃんは、いい噂ばっかじゃぁないんだな、これが」
「お前地味地味言い過ぎ〜。マジ失礼〜」
岸宮玲が口を尖らせてブーブー言っている。
ほんとに失礼。地味だけども。
「ヤリマン、だろ? 俺らの間じゃだいぶそっちで有名。君はもちろん、知ってるよね? 性格も表で流れてる噂とは違うって」
山勢春樹が、私を見透かすような視線で見て言う。
まさか、そんな話が回っているなんて、全く知らなくて。
確かに姉はお世辞にも性格がいいとは言えなくて、男関係に関しては最悪だった。
でも、昔から要領の良かった姉は、何でも上手く切り抜ける人だった。
「は? お前そんな女俺に押し付けようとしてたのかよ。やめろよ、何の病気持ってっか分かんねぇじゃん、その女」
いつの間にかホールドされていた腕が離れていて、葛城琉玖夜の発言に驚いてしまってそちらを見る。
当たり前のようにさらりと言った葛城琉玖夜に、私は呆気に取られる。
まさか、あの
「ぷっ、ふっ……あははははははっ」
駄目だ、耐えられない。こんな事を真顔で言う人がいるなんて。
笑う私を、まるで珍しいものを見るかのように見つめる人達。
「おっ、笑った〜」
「つか、どこにツボったんだよ地味子」
「まぁ、女の子はいつもみたいな難しい顔より、楽しそうな顔のがいいじゃん」
口々に苦笑したり笑ったりバカにしたり、色々されながら、一人黙って私を見つめる男がいた。
「はぁはぁ……ごめんなさいっ、ちょっと、ツボに……」
笑いすぎて出た涙を拭った手を掴まれて、引き寄せられる。
「なぁ、キスさせて?」
腰に回された腕に、少し力がこもる。
あまりに突然で、頭が停止する。
この人は何を言ってるんだろう。というか、どうやったらそんな話になるんだ。
「何も言わねぇなら、勝手にするぞ」
「ちょ、ま……ンんっ!」
手の自由を奪われて、腰を強く固定されている為、空いている方の手で葛城琉玖夜の肩を押す。けれど、全く意味が無い。
「はっ……んっ、んんっ! ゃっ……は、ぅンんっ……」
酸素を求めて開いた唇の間から、熱い舌が入ってくる。
何……これ……。何が、起こってるの?
頭が麻痺してしっかり働かない。
「お前の唇……やらかいな……美味すぎ……」
これは、マズい。よくない。
頭が痺れて、体が熱くなる。こんな感覚、知らない。
ねっとり絡みつくようなキスから解放される。
「琉玖夜だけずるいっ! 俺だってその子狙ってんのにっ! 抜け駆け禁止っ!」
「俺のキス、そんなよかった? トロけてんね。めちゃくちゃエロい顔してんぞ」
騒ぐ岸宮玲の声を無視し、意地の悪い顔で言った葛城琉玖夜の言葉でハッとして、働かない頭をフル回転させ、葛城琉玖夜を突き飛ばす。
「っ……さ、最っ低ー……この、変態っ! あんたなんか、大っ嫌いっ!」
焦り過ぎて小学生みたいな罵声を浴びせ、私は全力でその場から立ち去った。
「ぶっ、変態だって〜っ! あっはははは、最高っ! 抜け駆けするからだぞ、いい気味〜」
「てか、あの子……なかなかいいじゃん。可愛いかも」
「地味子のくせに、あんなエロい顔するとか、反則じゃね?」
「可愛すぎだろ……ますます欲しいな」
そんな会話が繰り広げられているとは夢にも思わない私は、廊下を全力疾走しながら流れる謎の涙を拭っていた。
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