第3話

彼が言った「またな」の〝また〟がこんなに早く来るとは。



「勘弁してよ……」



数日会わなくて、どんどん薄れていた存在だったのに。



昼休みに廊下を歩いていると、前から眠そうに欠伸をしながら歩いてくる。



逃げ場がなく、目を逸らしながらすれ違う瞬間、手首を掴まれる。



「おはよ、美遥。つか、無視はひどくね?」



「……はな、して」



「何で? せっかく捕まえたのに、簡単に離すかよ」



まっすぐに私を見つめるその目を見る事が出来ず、俯いて目を逸らす。



「なぁ、俺だけ例外になんねぇ?」



「は?」



一体何を言われたのかよく分からなくて、彼を見上げる。



「男嫌い、俺で治してよ。俺、あんたが気に入っちゃったからさ。あんたのココに、俺、入れてくんない?」



空いている方の手の指で、私の心臓辺りをトンっとつつく。



ふざけている様子はなく、真面目な顔で言われ、絶句してしまう。



「もちろん口説いてんだけど、ゆっくりでいいからさ、俺になびいてよ」



指を絡めて目を細めた彼に、何故だか胸の辺りがザワザワする。



「あっ! 琉玖夜だっ!」



「も〜、琉玖夜おそぉ〜い」



高くて女の子特有の声が聞こえ、2人の女の子が彼の両側の腕に纏わりつく。



その拍子に彼の手が私から離れた。



「あ、おいっ!」



走り出した私の耳に引き止めるような声がするけど、私が足を止める事はなかった。



ほら、男はみんなそう。好きでもないのに平気で女の子を期待させるような事をする。



私の生活を、乱してく。



私、変だ。あんな、男に。男、なのに。



頭を振って、ぐちゃぐちゃの思考を振り切ろうとする。



「何なのよ……」



訳が分からない感情にイラ立ちながら、深く息を吐いた。








静かな図書室。



窓際の決まった席に座って、本に熱中していた。



本は好き。本を読んでいると、自分の世界に没頭出来るから。



嫌な事も、見なくて済むから。



グラウンドから、部活をする生徒の声が響く。



ずっとこの静かな時が続けばいい。あんな家に帰るのが、憂鬱で、時計を見る度に嫌な気分になる。



本を閉じて、ただただ窓の外を眺める。空が広いなぁとか思いながらぼーっとしていると、両側に結っていた三つ編みの片方に何かが触れた。



そちらを見上げて、これでもかと言うほど私は目を見開いた。



「見つけた」



私の三つ編みを遊ばせながら、柔らかく笑う男が、私の隣に立っていた。



「つか、昼何で逃げた? 逃げたら追いたくなるだろ。わざと?」



この男、葛城琉玖夜は、何故私にここまで関わってくるのか。いつどこでどこをどう気に入ったのか。出来れば、気に入らないで欲しかった。



そっとしておいて。私に関わらないで。



「さ、触らないでっ……」



髪に触る手を払い、私は立ち上がって後退る。



「なぁ、何で男駄目なんだ?」



ストレートに聞かれ、また黙ってしまう。



この男には、デリカシーという言葉は皆無のようだ。



「あなたには……関係ない……」



出来るだけ力一杯睨みつける。男とこんな距離で話す事も、関わる事もなかったから、免疫のない私には、今のこの状況は凄くしんどい。



早くここから出なきゃ。



本を素早く手に取った私は、彼の横を通り過ぎようとした。



また手首を取られた。振り払おうにも、ありえない力の差が、私の戦意を削がれる。



「ぃたっ……はなし、てっ」



「離したらお前、逃げるだろ」



「ぁたり、まえっ……ぃ、痛いってばっ……」



強く掴まれた手首が痛くて、男との力の差を思い知らされたようで、偉そうな事を言っても嫌いな男相手に、全く何も出来ないのが情けなくて、悔しくて、涙が滲む。



男の前で泣くなんて、絶対したくない。なのに、涙は止まってくれなくて、目からゆっくり零れ落ちた。



背けていた顔を、指が誘導するかのように顎を掴まれてそちらを向かされる。



「泣くな。お前が泣いたら何か、エロい」



何を言うかと思えば、なんてくだらない。



涙を拭うように、親指の腹で頬を撫でる。物凄く優しい手つきに、調子が狂う。顔は無表情なのに、手だけが無駄に優しい。



いい加減解放して欲しい。



窓からは夕日が差し込んでいた。

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