第2話

学校の図書室が、私の癒しの場所。



しかし、そこへ行くにはある場所を通らなければならない。



人気のない廊下に、柄のあまりよくない人達、俗に言う〝不良〟と呼ばれる生徒が集まる、有名な溜まり場がある。



だから私は、毎回彼等がいなくなる時間を見計らって、そこを通るようにしている。



今日も、いない時間を狙ってこうして来た。いないはず、だったのに。



見覚えのある赤いメッシュが入った黒髪。座り込んで壁に凭れながら、私が勧めたあの本を真剣に読む。



有難い事に、私にはまだ気づいていないみたいだから、私は音を立てずにそっと後退る。



――トンっ。



背中に気配を感じる。両肩に誰かの手が置かれる。



「おっと。ちゃんと前向いて歩かなきゃ、危ないよ〜?」



「あれあれ〜? こんなとこに女がいんじゃ〜ん」



「それにしてもよぉ、こんなとこに近づく女にしては珍しく……普通? 地味?」



「えーっ、可愛くね? 俺はこういう子のがいいなぁ。育て甲斐があるじゃん?」



さすがにこれは予想外で、振り向く事すら出来ずに固まる。足が、震える。



騒ぎ出したこちらに、本から目を離した黒髪の彼が顔を向けた。目が合う。



「あんた……」



琉玖夜りくや、知り合い?」



後ろから目の前の彼に声が掛かる。



「まぁ、ちょっとな」



短く答え、琉玖夜と呼ばれた彼は、立ち上がってこちらへ向かってくる。



男ばかりに囲まれ、逃げ場を失った私はただ呆然と立ち尽くすしかなく、目の前に立った彼を見上げた。



改めて見ると、凄く綺麗な顔をしていて、その鋭い切れ長の目が射抜くように見つめてきて、体がゾクリとする。



妙な感覚に、私は彼からあからさまに目を逸らしていた。本を胸の前で抱きしめていた手に力が入る。



「いつまで触ってんだ、手、離してやれ」



私の肩に触れていた温もりが離れる。固くなっていた体が少し楽になる。それでも相変わらず挟まれていて、逃げ場もなくて相変わらず動けない。



「なぁ、あんた、名前は?」



言いたくなかった。これ以上関わりたくなかった。けど、このままじゃ、逃がして貰えなそうだったから、目を逸らしたまま渋々口を開く。



小野山おのやま……」



「下は?」



「……美遥みはる



背後で「小野山って聞いた事ある」と考える声が聞こえたけど、聞こえないふりをする事にした。



「俺は葛城かつらぎ琉玖夜な」



後ろで俺はと名前が飛び交ってたけど、口々に言われても、いちいち覚えられない。



まだ何かあるのか、視線を感じるのに、そちらを見れずに固まる私の目から、眼鏡が奪われ、咄嗟に彼を見る。



「か、かえしっ……」



「あんた……やっぱ美人だな」



突然何を言うんだろう。こんななんの取り柄もない顔の、どこを見て美人だというんだか。



背後の彼が聞いた事がある私の苗字。それは当たり前だ。



私には才色兼備と噂されている姉がいた。小さい時からそんな姉とずっと比べられて育っていた。だから、そんな事言われたのは初めてだった。



眼鏡を持ったまま、もう片方の手で私の結ってある髪に指を通す。



「好きな奴とか、彼氏は? いんの?」



さっきから、何で私は質問攻めにあっているのか。これは一体何の拷問なんだろう。



「それ、答える必要、ありますか?」



少しだけ抵抗してみせる。早くここを離れたい。



「俺が気になるから」



意味が分からない。本屋で少し話しただけなのに。さっき言っていた〝珍しい〟からなのか。



「答えたら……行ってもいい、ですか?」



「さぁな」



「なっ……」



少し腹が立ってきた。どうして私がこんな目に。



「眼鏡返して」



「答えたら返す」



彼――葛城琉玖夜は子供みたいな事を言って口の端をあげて笑う。



「好きな人なんて出来る事はないし、彼氏なんていないし、いらない。男なんて信用できないし、嫌い。これでいい?」



呆気に取られる彼から眼鏡を奪い取って、その隙に私は彼の横をスルリと通り抜ける。



最初からこうすればよかった。



足早に歩き始めた私の背後から「またな」と聞こえたのは、気のせいだと思う事にした。

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