第5話 告白
「――僕と、付き合ってほしい!」
……今僕の前には、一人の男子生徒と、一人の美少女の姿。
片方は上級生で、もう片方は我が妻だ。
いかにも青春、といった光景だが、相手が我が妻となれば話は別。
早急に割り込みたいところだが、それは禁じられている。
なので僕は歯噛みしつつ、この告白劇の行く末を見守るしかないのであった。
……そも一体なぜこんなことになったのか。
話は、今日の昼休みまで遡る。
「――ひ、姫上さん! 高園先輩が!」
――昼休み。
今日は嫁が教室で食事をとるようだったので、僕も渋々、カレーパンを購入し教室での昼食を選択していた。
いつもの友人ABと、妻を眺めながら昼食。
そんな優雅なランチは、慌てて教室に駆け込んできた一人の女子生徒によって破られた。
(……高園、先輩?)
先ほどの女子生徒が叫んだ名だが……はて。
彼女、姫上さつきは、部活動などはやっていない。
なので上級生との関わりなど、ありそうもないのだが。
廊下の方を見ると、茶髪で長身の一人の男子生徒。
体は引き締まっており、相当に鍛えられていることが伺える。
「……うお、あれ、高園先輩か?」
声に振り返ると、雅之が廊下を見て驚いた顔をしていた。
「うん、姫上さんを読んでるみたいだけど……まさか、あの人も?」
一緒に食事をとっていた聖也も、同じ反応。
(……ふむ、彼らは知っているのか)
「その、高園先輩、とやらは。有名人なのだろうか?」
聞くと、二人は信じられないような顔で振り返る。
「……お前マジで言ってんのか? この学校じゃ姫上さんと同じくらい有名人だぞ?」
「うん、バスケ部キャプテンで、雑誌にもよく載ってる人だよ。卒業したらプロ入り確定って言われてる」
「ほう……」
そんな逸材が我が校にいたとは。知らなかった。
「しかしあの様子だと……姫上さん、いよいよヤバいんじゃねえか?」
「うん?」
ヤバい、とは。何がどうヤバいのか。
「バカ。お前、あれどう見ても告白だろうが! 有象無象なら相手にもされないだろうが、あの高園先輩となると……」
「うん、可能性はある、よね」
その言葉に、僕はふっと鼻で笑う。
「何を言っているのやら。僕が近くにいて、他の有象無象など視界に入りもしないだろう」
「いやお前が何言ってんだ?」
「高園先輩、普通にイケメンだよ? 身長も高いし、モデルもできそう」
そう言われて、改めて高園何某の顔を見てやる。
不遜にも妻と何事かを話すその男は、なるほど確かに、整った顔立ちをしていた。
美形というにはやや男性的だが、それがいいという女性も多いだろう。
「……ふむ、よかろう」
「え? おい、蒼汰?」
「どうしたの?」
徐に立ち上がった僕に、二人が声をかけてくる。
「この僕が直々に、格の違いを教えてやるとしよう」
そうして、優雅に妻の後を追うのだった。
後ろから、”いややめとけマジで!””逆に思い知らされるよ!”とうるさいが、そんな的外れな意見はすべて無視した。
既婚者の妻に手を出そうとする不届き者には、天誅を下さねばなるまい。
やがて二人に追いつき、颯爽と割って入ろうとしたわけだが。
「……」
その瞬間、ギロッと妻に睨まれる。
なぜ気づいたのだろう。完全に死角のはずだが。
その目は、雄弁にこう語っていた。
(余計なことするな。したら殺す)
「……」
その圧に、僕は無言で身を引いた。
別に怖かったわけでない。
ただここで下手に機嫌を損ねると、当分口を聞いてもらえなくなる恐れがあったというだけだ。
ちょうど先輩からは見えない位置で、僕らの視線のやり取りには気づかれなかったらしい。
そうして、僕は二人のやり取りを眺めることになったわけだが――。
「……どうしてダメなんだ? 僕に不満があるなら言ってくれ」
「いえ別に、不満とかではないですが。単に、彼氏を作る気がないので」
状況は見ての通り。妻は高園何某の告白をばっさりと断っていた。
ふむ、平常運転だな。
あれなら心配する必要もなさそうだが……しかし。
相手はバスケ部キャプテンのイケメン。
ステータスでは圧倒的な男を、まさに一刀両断とは。
(……まあ、僕がいる以上当然のことだが)
ふふん、と笑ったところで、一瞬不安になった事実は否めない。
今まで、どんな男からのアプローチも受け入れなかった彼女。
それは無論僕という存在がいるからだと信じているが、それでも、心揺らぐ瞬間がないとは言い切れない。
だが、そんな僕の心配とは裏腹に。
「もういいでしょうか。交際の件は、お断りさせていただきますので」
彼女は、一切迷いのない瞳で、そう言って背を向けた。
そのあまりの容赦のなさに、恋敵ながら彼に同情したくなったほどだ。
僕が無言で、先輩に向けて十字架を切っていると。
「……やっぱり、あの水野とかいうやつと付き合ってるのか?」
「は?」
苦し気な顔で、吐き出すようにそう告げた。
不意に出た自分の名前に、はっとなるも、彼女の反応は冷ややかだった。
「いえ、そんなことはありえませんが」
……そこは素直に頷いてもいいんだよ?
しかも、”ありません”ではなく、”ありえません”と来たか。
つまり今だけではなく、未来まで否定する、と。
なんという容赦ない攻撃。僕でなければ、【きゅうしょにあたった!】【こうかはばつぐんだ!】で倒れ伏している。
胸を抑える僕を無視して、彼女達の会話は続く。
「……本当か? この前も、あいつと一緒にいるところを見かけたが」
「……はぁ」
あ、僕、今彼女が考えていることが手に取るように分かる。
”今後、あいつと二人になるのはやめよう”、だ。
それはまずい。非常にまずい。
ただでさえ二人で話せる機会が少ないというのに、これ以上減らされてたまるか。
もうこれ以上何も言うな! という念を込めて、イケメンバスケ部を睨む。
しかし。
「あんな顔だけのやつより、僕の方がキミにふさわしい。バスケ部キャプテンとして、全国出場も決まった。キミがモデルでも、それと釣り合うだけのものは持っているつもりだ」
……ほ、ほほう。
言ってくれるじゃないか……あの脳筋め。
自分の顔が引き攣るのが分かる。
確かに、純粋な能力や成し遂げた成果で言えば、僕より彼の方が上かもしれない。
だが、僕にはこの天賦のルックスと、何より、夫婦として彼女と築き上げた絆がある。
それがある以上、あんなぽっと出の筋肉だるまなんぞに、負けるはずが――
「まあ、それはそうですね」
……あれぇ?
「あんな人格破綻ナルシスト男よりも、先輩の方がよっぽど人間ができていると思います」
……そこまで言う?
まさかの首肯に、戸惑いを隠せない僕。
一方、向こうのセンパイも、一瞬面喰っていたが。
「そ、そうだろう? なら、僕と――「でも」
調子を取り戻しかけたセンパイに、言葉を遮る彼女。
「先輩のように上辺しか見ない人と一緒にいても、長続きはしないと思いますので」
そう言うと、彼女は華麗に背を向ける。
その何の未練も感じさせない後ろ姿に、イケメンセンパイは……
「ま、待ってくれ!」
慌てて、その背を追いかける。
だが、その手が彼女を掴む前に。
「先輩」
「……っ」
笑顔で振り返る彼女。
その表情に、思わず硬直する先輩と僕。
「私、先輩が思ってるほど、いい子じゃないですよ」
冷え切った笑みだけを残して、今度こそ彼女は立ち去っていった。
後に残されたのは、哀愁漂う後ろ姿の先輩と、同じくへっぴり腰でそれを眺める僕。
立場は違えど、同じ戦慄を共有した僕ら。
(……怖ぁ……)
華麗に立ち去るクールビューティーの後ろ姿を、僕らはただ黙って見送るのであった……
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【あとがき】
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
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