第4話 モデルVSモデル
「いいよー水野くん! じゃ、次こっちの服頼むね」
「ええ、お任せを」
――僕、水野蒼汰には、学生以外にもう一つの顔がある。
それは、世の女性を熱狂させるファッションモデルであることだ。
僕自身は妻と二人、慎ましく穏やかに暮らせればそれでいい。
しかし如何せん美しすぎるがゆえに、周囲が放っておいてくれない。
ちなみに僕の身長は175cmほど。モデルとしてはそこまで長身というわけではない。
ただ顔が美しすぎることと、放つ王族の如きオーラが人を惹きつけてしまう。
案の定街を歩いているだけでスカウトにあい、熱烈に口説かれ、こうしてモデルとして活動することになったわけだ。
そして、そんな僕は今日も、その美しさで人々を魅了していたわけだが……
「……なんで、あんたと一緒の撮影なのよ」
「いやはや、奇遇だね。いや、これも運命というべきかな?」
なんと今日は、妻も一緒の撮影である。
互いにモデル業を生業とする身。
所属事務所こそ違うが、同じ雑誌の撮影ということで、今日は肩を並べて撮影をしていた。
「あ、二人とも、もうちょっと寄ってもらっていいかな?」
今は男女ペアの撮影。
僕たちは少し距離を開けて立っていたが、それが不自然だったらしい。
当然だろう。夫婦とは本来、寄り添い合って立つものだ。
その違和感を瞬時に指摘するとは、さすがカメラマン、といったところか。
「……」
が、しかし。ここで自ら彼女に近づくような愚行はしない。
これは、彼女の方から僕に寄ってくる絶好の機会。
これを逃すなどありえない。
「……」
「……っ」
すんっ、とした表情で立つ僕と、次第に顔が引き攣ってくる彼女。
やがて。
「えーと、ごめん、聞こえなかったかな? もう少し……」
そのカメラマンさんの言葉に。
「……はい」
がくっと諦めたように肩を落として、彼女は僕のそばにすっと寄った。
それを見た僕は。
(……っ!!)
ぐっと、ガッツポーズをしそうになるのを、必死に堪えた。
ふ、ふふふ、ふははは!
見たか天よ! あのツンデレ美少女が! あのつれない嫁が! 自ら僕にすり寄ってきたぞ!!
内心高笑いする僕。
溢れ出す優越感と充足感に、宇宙すら砕けそうだ。
余は満足である、とばかりに、そっと隣を見ると。
「……」
妻は、今にも人を殺しそうな笑みでこちらを見ていた。
「……これから撮影だというのに、その表情はどうなのかな?」
「......」
何も言わない嫁。
しかしその瞳は、”あとで覚えてろ”と明確に告げていた。
ふむ、つまりデートのお誘いかな?
「あー、あとごめん。カップル用の写真も一枚欲しいから、腕も組んでもらっていいかな?」
その言葉に、嫁は固まった。
そして、僕もまた固まった。
しかし、互いに理由は違う。
「……」
「……っ」
僕はそっと、無言で腕を差し出した。
嫁は、最早隠し切れない屈辱を噛み殺し。
「……くっ」
殺せ。と今にも言いそうな表情で、控えめに腕を絡ませた。
(……っ!!)
それに僕は、思わず天を仰いだ。
どこまでも青い、透き通るような空。
ああ、世界はこんなにも美しい――
「……あとで、殺す。絶対に、殺す」
ぶつぶつ、とカメラマンに聞こえない声で、ひたすら呪詛を吐き続ける嫁。
やめたまえ。今にも特級呪霊が生まれそうじゃないか。
「うん、いいねぇ! まさに美男美女! お似合いだねぇ!」
「……っ」
そんな和やか(?)な空気の中、撮影は順調に進んでいき――
「――で、なんでまた、あんたとお茶してるわけ?」
「まあいいじゃないか。お疲れ様会、というやつさ」
そうして無事、撮影も終わり。
今は互いの功労を祝い、僕らはいつものカフェで、優雅にティータイムを楽しんでいた。
彼女も表向きつれない態度だが、内心は僕の誘いに歓喜しているに違いない。
「……あんたのそのポジティブ思考って、もう一種の病気よね」
「僕は何も言っていないが?」
「顔見れば分かるのよ」
「ほう。さすが妻だな」
「……」
いかん。妻の目が、本格的に殺意を帯びてきた。
僕は誤魔化すように、紅茶を一口。
……うむ、美味い。
しかし分からないな。
一体妻は、僕の何が不満だというのだろう?
見た目も中身も、僕ほど”完璧”という言葉が似合う男は、他にいないというのに。
「……あのさ。もうはっきり言わないと分からないみたいだから言うけど」
そう言うと、妻はじっと据わった目でこちらを見て。
「私、あんたのこと全然好きじゃないから。人としても、男としても」
「……?」
「不思議そうな顔をするな!」
だんっ、とテーブルを叩く妻。
……そうは言っても、そんな分かり切った照れ隠しに、どう反応しろというのだろう。
僕は、テーブルの紅茶を優雅に一口。
うむ、ここのアールグレイはやはり美味い。
「はぁ……もうほんとやだこいつ……」
お決まりの言葉を呟き、項垂れる妻。
「ふむ、何やら気苦労が多そうだ」
「誰のせいよ!」
……はて? 分からん。
まあ今は妻が落ち着くのを待とう、と店員に紅茶をもう一杯注文する。
先ほどのはアールグレイ、今度はダージリン。
僕は普段紅茶はストレートで香りを楽しむが。
このダージリンにだけは砂糖を入れる。
そうすることで、より香りが引き立つのだ。
ふっと軽く微笑み、窓の外を眺める。
外を歩く通行人は、こちらに気づくと、見惚れたように立ち止まる。
(やれやれ……)
美しすぎるというのも厄介なものだ。
こうしてどこにいっても注目を集めてしまう。
ましてや、この麗しの妻と共にいるとなれば、なおさらだ。
彼らから見れば、我々の姿は、優雅な貴族の社交場にでも見えていることだろう。
生来の美しさと、魂から滲み出る気品。
持って生まれた身分の違いとは、何とも残酷なものである。
うんうん、と頷く。
さて、それでは同じ貴族として、妻との対話に勤しもう。
そう考え、隣を見ると。
「……」
妻は最早諦めたような顔で、ポチポチとスマホを弄っていた。
「妻よ。夫を放り出して、ネットの世界に逃避するのはいかがなものだろう」
「……」
とうとう何も言ってくれなくなった。
もはや会話をするのも面倒だ、と言わんばかり。
ならば仕方ない。
「……」
【水野:僕への愛を十文字で述べてくれ】
【姫上:死ね】
冷たい。
せっかく人がそちらに合わせてやったというのに。
がっくし、と落ち込んでいると。
「……てか、あんたは私の何がそんなにいいのよ」
スマホから目を離した妻は、心底めんどくさそうにそう告げた。
「うん?」
はて、何がいいか、とは。
彼女のいいところなど、語りだせばきりがないが。
「あんた、変人だけどモテるじゃない。一応顔だけは無駄にいいし、モデルでしょ。なのに、なんで私なのよ」
心底嫌そうに、顔を背けながら言う嫁。
ふむ、それは正直、僕からすればあまりに今更な質問だ。
あえて語るまでもないが、それでも聞きたいというなら答えよう。
「そうだな……あえて言うなら、美しいところだ」
「……はぁ?」
「ああ、見た目に限った話じゃないぞ? 見た目も、中身もだ」
そう、初めて会ったあの日から。
彼女の在り方は、美しかった。
今に至るまで、その認識が崩れたことはない。
そのことに、僕は何よりも深く感謝している。
「……私は、そんな大層な人間じゃないわよ」
「まあ君はそう言うだろうな。僕と違い、君は自己評価が低すぎる。それは美点でもあるが、君はもう少し自分に自信を持った方がいい」
「あんたみたいに無駄に自信がありすぎるのも、どうかと思うけど」
その言葉に苦笑する。
無駄な自信とは、随分な言い草だ。
これもまた、僕を構成する大事なルーツだというのに。
「自分自身を評価できなければ、人からの評価は得られない。男子ならなおさら。自分くらいは、自分を認めてあげなければ」
そう、それが大切なのだ。
まずは自分が、自分を認めてあげること。
自分とは、誰もが生涯付き合う人間なのだから、嫌ったままでは生きられない。
「……ふぅん」
呟くと、彼女は、紅茶を一口飲み、空になったカップを静かに戻した。
「大袈裟だけど、そういうところだけは、ちょっと羨ましい」
「おや、惚れ直したかな?」
「直す以前に惚れてない」
言うと、彼女は鞄を持ち上げて。
「うん? もう帰るのかい?」
「当たり前。そんなに長くあんたといたくないし」
そう言って、その長い足で颯爽と店を出ていった。
「……やれやれ」
彼女の心の鎧をほどくには、まだまだ先は長そうだ。
優雅に紅茶を一口飲み、僕は美しくため息をつくのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【あとがき】
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
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