第2話 水野蒼汰の優雅な学園生活
——高校生活。
それは人生における華園であり、同時に、将来を見据えた修行の場でもある。
無論この僕、水野蒼汰も、一高校二年生として日々邁進している。
美も、知も、僕は常に完璧。妥協など許されない。
この自分に厳しすぎる所が、僕の数少ない欠点と言えるだろう。
「やれやれ……少しは手を抜くことも覚えるべきかな」
ふぅ、と自席で物憂げにため息をつく僕。
窓ガラスに映った、自分のあまりの美しさに眩暈がする。
「……おい、この気狂いまたなんか言ってんぞ」
「しっ、見ちゃいけません」
そんな僕の周りで、数少ない友人の話し声。
「おお、いたのか我が友AとBよ」
僕は極めて友好的な笑みで、学友との対話を試みる。
僕が直々に声をかけるなど、一体彼らは前世でどんな徳を積んだのだろう。
「……すげえな。たった一言でここまで人を不快にさせるって、もはや才能だろ」
「だめだよ雅之。蒼汰に悪気はないんだから」
「余計最悪だわ」
僕のクラスメイトである二人。
体育会系でワイルドなイケメン、
メガネをかけた知的でスタイリッシュな美形、
僕が名を覚えているだけでも、彼らもまた特別であると言えるだろう。
しかし、どうしたことか彼らの表情は晴れない。
なぜだろう。僕と会話ができるというだけで、天にも昇る心地だろうに。
そう疑問に思ったが、すぐにその理由に思い至った。
なるほど。どうやらこれもまた、僕の美しさが罪か。
「ふむ、なるほど。しかし落ち込むことはない。君たちも僕ほどではないが、それなりに美形なのだから」
僕としては最大級の賛辞。
しかし、なぜか友人二人はがっくりと肩を落とした。
「……なあ。何をどう考えてその発言に辿り着いた? ああ、いやいい。言うな。聞きたくない」
「これで本人は褒めてるつもりっていうのが、また、ね……」
どうやら落ち込ませてしまったようだ。
やれやれ。彼らも僕と比べることなどないというのに。
天を目指すその心意気は買うが、それで自信を失っては本末転倒というもの。
足るを知る。昔の人は実に良い言葉を残したものだ。
「……とはいえ、足りすぎているのも問題ではあるが。目指す高みがないというのもつまらないものだ」
「……おい、通訳しろ」
「うーん、これはちょっと難解だね。解析班の到着を待とう」
そんな会話を楽しんでいた時。
……ガラッ。
「——おはよう」
透明な、それでいて色気を感じる美しい声。
それに僕は、即座に立ち上がった。
「おはよう! 我が愛しの妻よ! 今日も美しいな」
「……」
教室から音が消える。
誰もが、僕と妻の美しい対話を邪魔しないようにしているのだろう。
そして妻を褒めるのは、夫の仕事。
世の中ではこれを疎かにしたため、夫婦関係に取り返しのつかない傷を負ったものもいると聞く。油断はできない。
女神も羨む微笑みを浮かべる僕に、彼女は、なぜかこの世の終わりのような顔をした。
「……誰か、私をこのクソナルシスト男から解放して……」
小声で、よく分からないことを呟いた。
一体どうしたというのだろう。ここは黙って僕の胸に飛び込んでくる場面だろうに。
「ひ、姫上さん、こっち! こっちきて!」
「早く! 女子で匿ってあげるから!」
「……ごめん、ありがとう」
そう言って妻は、女子たちに引き取られてしまった。
……うむ、十分なコミュニケーションはとれなかったが、致し方ない。
妻が昼にママ友とランチをするくらい、黙って許してやるのが男の器量というものだ。
「……なあ、蒼汰?」
ふぅ、と額に手を当てると、ぽん、と肩を叩かれる。
「ん? どうしたんだ雅之」
「その……なんだ。いい加減、姫上さんのことは諦めたらどうだ?」
「……は?」
諦める?
彼は一体何を言っているのだろう。
「諦める……というのは、何を諦めるんだ?」
「いや、だから……姫上さんを口説くのを、だよ」
……改めて質問しても、言いたいことがまるで分からない。
口説く? 誰が誰を?
「何か誤解があるようだが……僕がいつ、彼女を口説いたんだ?」
「は? いやだから今」
「僕と彼女は既に相思相愛だ。見れば分かるだろうに。今更口説くも何もないいさ。無論、愛されているからと言って胡坐をかく気もないが」
ふぁさっと髪を書き上げる。
そうとも。僕が彼女に愛されていることなど今更確認するまでもない。
しかし、それで満足してはならないのだ。
僕と彼女は、未だ夫婦としては未熟。
完全無欠の僕でも、そこは認めざるを得ない。
長い年月を共にして培われる阿吽の呼吸には、到底及ばないと言えるだろう。
そしてだからこそ、努力を怠るわけにはいかない。
妻と夫は常に、互いに支え合うものなのだから。
ふっとニヒルに笑い妻に目を向ける。
すると偶然、こちらを見ていた妻と目が合った。
「……」
パチン、とウィンクをすると、青ざめた顔で目を反らす妻。
全く、いつまでも初々しい反応をするものだ。
「……お前のポジティブ思考って、ぶっちゃけ尊敬しかける時がある。いや、周りからしたらクソ迷惑なんだが。人生楽しいだろうなって」
「ん? 僕を尊敬? 当たり前のことだが、君が素直に認めるのは珍しい」
「いやむしろ普段は呆れるばかり……いや、もういいや」
諦めたように肩を落とす雅之。
ふむ、彼はどうしたというのだろう。
僕と比べ、至らぬ自分を悔やみでもしたのだろうか。
友情もまた奥が深い、と僕は一人頷く。
「でも蒼汰も一途だよね。一年生の頃からずっと姫上さん一筋でしょ?」
「うむ、当然だ。妻がいるのに目移りするほど、軽薄ではないさ」
「いやあれだけ相手にされてないのに、よく諦めないなって……」
……相手にされていない?
彼には目と耳がついていないのだろうか?
「無駄だ聖也。そいつの頭ん中では、姫上さんの冷たい態度は全て照れ隠しってことになってるからな。もはや人間の理屈が通用する相手じゃねえ」
「ああ……」
なぜそうも哀れむような目でこちらを見るのかな。
全く、見る目のない連中だ。
よろしい。では我が妻がどれだけ僕を愛しているか、それを見せつけてやろうではないか。
すっと優雅に立ち上がる僕。
それをぽかん、と見上げる二人。
ふっと微笑み、僕は優雅に妻の元へ向かう。
僕の醸し出す王者のオーラに、彼女の周りにいた女子生徒達が道を開ける。
そして、彼女の前に立つと。
「――妻よ。僕への愛を、学校中に響くように叫んでくれ!」
「来んな変態。お願いだから早く死んで」
やれやれ。まったく可愛い妻である。
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【あとがき】
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
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