第14話 ハートブレイク②



「――水野くん。良かったらお昼、一緒にどう?」



 長閑な学校の昼休み。

 しかしその一言で、教室は通夜のように静まり返った。


「え……?」

「姫上さん? 今なんて……?」


 ざわ、と小刻みに波紋が広がる。

 誰もが耳を疑い、学園のマドンナの姿をじっと見る。


 ……今だけは、僕も彼らに賛同する。

 なにせ今、僕も全く同じ気持ちを味わっているのだから。


「え、いや、その……」

「来るの? 来ないの?」

「い、行きます……!」


 そう。とだけ言って、さっさと教室の出口に向かう彼女。

 僕は慌てて財布を手に取り、彼女の後をついていった。


 ガラッ……パタン。


 そして、誰もいなくなった教室にて。


「「「……ええぇぇええ!???」」」


 クラスメイト達の絶叫が、轟いた。






「……」

「……」


 どこに向かうかも分からず、ただ彼女の後をついていく。

 方向的に学食ではなさそうだ。僕、弁当持っていないのだが。

 

 どうしよう……と思いつつ歩き続けていると、不意に、彼女が振り返った。


「ねぇ」

「え、は、はい!」

「なんでそんな後ろ歩いてるわけ? 不審者にしか見えないんだけど」

「あ、ああ。すまない」


 慌てて横に並ぶ。そんな僕を見て、ため息をつく姫上さん。


「……調子狂うわね。普段のやかましさはどうしたの?」

「いや、それは……」

「ま、理由はなんとなく分かるけど」


 そう言うと、彼女はすっと広場のベンチを指差した。


「あそこにしましょ。人もいなさそうだし」

「ん、ああ、構わないが……そこで食べるなら、何かパンでも買いに行っていいだろうか」

「いらないわよ」


 ……?

 いらない、とは。どういうことだろう?

 よく分からないまま、彼女についていき、ベンチに腰掛ける。

 

 すると彼女は、肩にかけた鞄の中を漁り。


「はい、これ」

「え……?」


 すっと差し出されたのは、布巾に包まれた、長方形の箱。

 え、いや、まさか。これは……?


「あの、姫上さん? これは……」

「お弁当。作ってきてあげたわよ」

「っ!?」


 ……一体、僕の身に何が起こっている?

 彼女が声をかけてきたところから今に至るまで、全てが、僕の理解の範疇を超えている。


 あの姫上さつきに、ランチに誘われた。

 それだけでも驚天動地だというのに。

 その上、手作り弁当だと?


 ……僕、今日死ぬのかな?


「いや、どうして……?」

「いいから。さっさと食べなさいよ。手料理、作って欲しかったんでしょ?」


 ……手料理?

 そう言えば前に、『妻よ。いい加減手料理の一つも振舞ってくれてもよくないか?』『寝言言うな死ね』的なやりとりを行った記憶はあるが。


 まさか、それを覚えていて……?


「で、では……」


 恐る恐る布巾を外し、品のいい箱をかぱっと開ける。

 すると中にあったのは、色とりどりの野菜と、白米と、前に見た彼女の弁当よりは、多めに入ったお肉。


「……ふむ、さすがにハートマークはなしか」

「当たり前。てかなんか久しぶりに聞いた気がするわ、そういう戯言」


 戯言とは失礼な。

 今のは割と本気で言ったのだが。


 今日一日を鑑みれば、白米にふりかけでハートマークを作るぐらいの異常事態は起きかねない。

 まあ実際にそんなことになったら、僕は即救急車を呼んで、彼女を病院に連れていくだろうが。


「ほら、いいからさっさと食べる。早くしないと人が来て、騒ぎになるかもしれないでしょ」

「あ、ああ……」


 どうにも腑に落ちないものを感じながら、僕は渡された箸を手に取る。

 そして恐る恐る、卵焼きを一口。


「……美味しい」

「そう。何よりね」


 いや、普通に。普通にとか言ったら失礼だが。

 それでも、普通に美味しかった。


 別に疑っていたわけではないが、やはり彼女の料理の腕は確かなようだ。

 うちの妹と、いい勝負かもしれない。


 その後は無言で、互いに黙々と弁当を食べ続けた。

 その天国のような、そうでもないような奇妙な時間を味わい。


「……ご馳走様、でした」

「はい、お粗末様」


 綺麗に完食し、蓋をして布巾に包みなおして、彼女に手渡す。

 万感の思いを込めて弁当箱を返したのだが、彼女はやはり、すんっ、とした表情でそれを受け取った。


「本当に美味しかった。疑っていたわけではないが、やはり料理の腕は確かだったな」

「それはどうも。別に普通だと思うけどね」


 そうして、彼女と会話をしていくうちに。

 僕の心が、ゆっくりとほぐれていくのを感じた。


 先日、彼女の家で、彼女の過去を聞いて以来。

 僕はずっと悩んでいた。

 今後彼女に、どういうスタンスで接すればいいのか。

 自分に、彼女に近づく資格があるのか、と。


 でももしかしたら、僕は難しく考え過ぎていただけかもしれない、

 何も態度を変える必要なんてない。


 彼女が今そうしてくれているように、僕もまた、いつもの僕でいればいい。


 そうしているうちに、いつか彼女が、僕に心を開いてくれれば――


「――じゃ、これで私とあんたも、もう終わりね」


 次第に晴れつつあった僕の感情は、彼女の一言で固まった。


「……え?」

「これで貸し借りなし。一応おかゆご馳走になっちゃったから、お返しはしておかないとね」

「あ、ああ……そういうことか。別に気にすることはないさ。あれくらい、またいつでも作って……」

「違う」


 すっと、静かに彼女は立ち上がる。

 その姿に、僕は言いようのない不安感に襲われる。


「そういう意味じゃないの。分かるでしょ?」


 その冷たい眼差しが、僕を見つめる。

 その瞳にはもう、何の感情もなかった。


 ただ機械的に、無慈悲に、必要なことを必要なだけやる。

 彼女の目が、そう言っていた。


(……待て。いや、待ってくれ)


 ようやく、気持ちを立て直せそうだったのに。

 またこれから、彼女の隣に立つために、頑張ろうと思ったのに。

 それなのに、キミは。



「――あんたとこうやって話すのは、これで最後にしたいの」

 


 ……どうしてそうやって、僕を突き放すんだ。

 

 



 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【あとがき】


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


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