第10話 誰だって、弱る時はある



「――姫上さん! 今度デート行くんだけど、コーデの相談乗ってくれない?」

「別にいいけど……男ウケする服とか分からないわよ? 私」


 ――翌日の学校。

 いつも通り、クラスメイトと語らう彼女。

 容姿を除けば、その姿はごく普通の女子高生だ。

 しかし……


(……恋愛に興味がない、か)


 その価値観は普通ではない。

 少なくとも、僕の常識の中では。


「この前彼氏がさぁ……」

「私、今ちょっと気になってる人がいてー……」


 耳を済ませれば、そんな会話が聞こえてくる。

 そう、彼女達のほうがきっと普通だ。

 優先順位の差はあれ、世の学生にとって、恋愛は重要なイベント。


 それに全く興味がない、なんて。


「――姫上さん? ねえ、姫上さんってば! 聞いてる?」

「え? あ……ごめんなさい。なんだったかしら」


 その声に、僕は意識を彼女の方に戻す。

 変わらず数人のクラスメイトに囲まれ、けれど、どこか上の空の様子な姫上さん。


(……なんだ?)


 少し、様子がおかしいような……?


「もー、ちゃんと聞いててよ。今度のデート、あたし勝負かける気なんだから!」

「あんたいっつもそれ言ってない? 姫上さんもなんとか言ってやってよ」

「……そうね。ファッションより、もう少し落ち着いた方が勝率は上がるんじゃないかしら」

「あ、ひどい! でも姫上さんに言われると何も言えない!」

 

 あはは、と笑い声。

 気のせい、か……?


「おい、蒼汰」

「ん……?」


 そこで声をかけられ、はっと顔を上げる。


「何してんだ? 次体育だろ。更衣室行こうぜ」

「あ、ああ……」


 内心の疑念に蓋をして、僕は雅之に続き教室を出た。








「――姫上さん、シュート!」

「……っ!」


 シュッ……パス。


 今日の体育はバスケだった。

 味方のパスを受け、しなやかな動きでゴールを決める。

 瞬間、味方チームがわっと湧いた。


「ナイッシュー! さすが!」

「ああ、やっぱかっこいい……姫上さんが男子だったらなぁ……」

「それ分かる」


 容姿、勉学、さらにスポーツまで。

 何事も完璧にこなす彼女は、クラスの女子の憧れだった。


「……うへぇ、何だよあのイケメン。今のシュートとか男子並みだろ。なぁ蒼汰?」

「……」

「蒼汰?」


 隣で見学していた雅之の声が、右から左に流れる。

 僕の意識は、目の前の彼女だけに集中していた。

 何かおかしい。確かに上手いが、普段の彼女より動きが悪い気がする。


「姫上さん、も一本いくよ!」

「……っ、え、ええ」


 走り出すタイミングもワンテンポ遅い。

 普段ならもっと早く、先頭を切って走るはず。

 なのに……


「……っ、はぁ、はぁ……」

「姫上さん!」

「っ!?」


 ばしんっ……とん、とん……


(……え?)


「……あ、ご、ごめんなさい」

「え、う、ううん! 全然! ちょっと私もパス荒かったかも」


 ……姫上さんが、ファンブル?

 あまり見ない光景に、僕だけでなく、見学のクラスメイト達も驚く。


「……なんか、動きおかしくねーか? 姫上さん」

「……」


 いよいよ周りも、彼女の違和感に気づき始めたらしい。

 しかしそのまま、ゲームは進んでいく。


 ダン、ダン……っ!

 キュッ、キュッ……。


 少しずつ、しかし確かに、精彩を欠いていく彼女の動き。


 そしていよいよ終盤に差し掛かった時。


「姫上さん! お願い!」

「……っ」


 味方のパスを受け、シュートモーションに入ったその瞬間。


「あ……」


 ポトッ……トン、トン……


「え……?」


 味方チームから呆気にとられた声がする。

 ふっと力が抜けたように、彼女の手からボールが手から落ち、そして……


「あ……これ、やば……」


 ふらり、とその体が傾いた。

 スローモーションに見える光景。

 だが僕は、意識するより早く声を上げていた。



「――姫上さんっっ!!?」



 叫ぶと同時に、彼女のしなやかな体が、コートに叩きつけられた。


 







「……」


 ――その後。


 体育館中が大騒ぎになる中、僕は誰より早く飛び出し、彼女を抱えて保健室へと走った。

 教師が制止する声を聞いた気がするが、関係ない。

 今は一早く、彼女を保健室に運ぶことだけを考えた。


 そして、今。彼女は保健室のベッドで苦し気な寝息を立てている。


(……どうして、何も言わなかったんだ)


 保険医が言うには、風邪による発熱がある状態で、無理に動いたことが原因、とのことだが。

 熱があるなら見学するなり、いっそ早退するのが正しいだろうに。

 なぜ誰にも、何も言わなかったのか。


 そんなやるせなさを抱えていると、小さく呻く声が聞こえた。


「……う……」

「……っ」


 その長いまつ毛に彩られた瞳が、ゆっくりと開かれる。

 そして、傍らに座る僕を見て。


「……水野、くん?」

「……目が覚めたか」


 ほっと息を吐く。

 彼女はしばし、焦点の定まらない目で当たりを見渡した。

 やがて、はぁ、とため息をつき。


「そっか……倒れたのね、私」

「そうだ。心底驚いたぞ。熱があるならなぜ言わなかった」

「……ごめん」


 小さく呟く。くそ、違う。病人を責めてどうする。

 今聞くべきはそんなことじゃない。


「体調は? どこか、痛むところはないか?」

「そうね……頭痛はするし、体の節々は痛むけど、風邪引いてるなら当然だし」

「当然なものか。待ってろ。すぐ先生を呼んでくる」

「……うん……」


 ぽつり、と呟いて、ぼうっと天上を眺める姫上さん。

 その虚ろな表情と弱弱しい姿に、動揺するのを押さえつける。


 どうしてか、あまり見たくないものを見てしまったような気がして。





「――やっぱり風邪ね。そこまで重いものではないと思うけど、一日経って熱が引かなかったら、病院に行って頂戴」

「はい……ありがとうございました」


 保険医の診察を終え、姫上さんが身支度を整える。

 今日はやはり、早退ということになったようだ。


「ふむ、忘れ物はないな?」

「ええ」

「よし。では行くとしよう」

「……ちょっと」


 まずはタクシーを呼んで……と脳内で段取りを組み立てていたら、なぜか彼女からストップが入る。


「む?」

「む? じゃない。なに当たり前のようについてこようとしてるのよ」


 その言葉に首を傾げる。

 いや、そう言われても。


「付き添いは必要だろう?」

「いらない。一人で帰れるから」

「そうやって無茶をして倒れたのが今のキミだ。説得力など微塵もない」

「ぐ……っ」


 おお、珍しく正論で彼女を打ち負かしたぞ。

 不謹慎だが、かすかな高揚感に浸る僕。

 それを怒りの眼差しで睨みつける僕。


「女子の家に男子を付き添わせるって、非常識だと思わない?」

「ふむ。ではまず、常識という言葉の定義から議論しようか」

「……もういい。余計に頭が痛くなる」


 勝った。

 この状態の彼女を一人になどさせるものか。

 是が非でもついていって看病してやる。


 ふんっ、と鼻息を吐き、僕は颯爽とタクシー会社に電話するのだった。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【あとがき】


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!


よろしければフォロー、レビュー、応援コメントを頂けますと嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る