第30話
いつものように、立花さんと共にキッチンに立って晩御飯の用意をしていた。
「新しいクラスには慣れましたか?」
「はい。林田君とか友達のおかげで、何とかやってます」
「それはよかった。困った事があれば、お気軽に何でも仰って下さいね」
最近、立花さんもだいぶ柔らかく笑うようになってくれて、私も立花さんと前より気軽に話せるようになった。
和気あいあいとした雰囲気の中、出来上がった料理を運んでいく。
「やっぱり唯栞さんと一緒に作るのは楽しいですね」
「ほんとですか? そう言っていただけると、私も嬉しいです」
立花さんが言ってくれた言葉に、嬉しくなって笑顔が漏れる。
廊下を歩きながらそんな他愛ない話をする。
部屋に入ると林田君が、本から目を離してこちらを見た。
何か言いたそうにこちらを見たけれど、すぐに逸らされる。
何だろう。違和感。
元々そんなにたくさん話をする人ではないし、表情豊かというわけではないけれど、付き合っていくと分かってくる。
何気によく話してくれる時も、表情をよく変える時がある事も。
立花さんが言うには、私にだけそうであると言われた。
「あなたがいなくなった時の焦った様子なんて、幼い頃から一緒にいる私ですら、初めて見ましたよ。愛されてますね」
なんて言われて、嬉しくない人がいるんだろうか。
そんな彼から放たれる、かなりの違和感を私は感じていた。
なんだろう、この感じ。
怒っているとは、ちょっと違う。
ご飯を食べている間も、様子を窺って見るものの、かなりの無表情でよく分からなかった。
それでも変な事には変わりなかった。
立花さんも先程より身を固くしている気がして、変な雰囲気で食事が終わる。
後片付けをしながら、立花さんが口を開く。
「嫉妬、ですかね」
「へ?」
突然の言葉に、洗っていたお皿を落としそうになる。
やっぱり立花さんも林田君の違和感を感じていたらしく、それを嫉妬のせいだという。
「誠様も、私なんかに嫉妬をするようになるとは、余程あなたがお好きで仕方がないらしい」
心底嬉しそうに笑う立花さんが珍しくて、立花さんを見つめてしまう。
「嫉妬って、そんな事する場面、ありました?」
「多分ですが、私と仲良くこうしているのが気になるんでしょうね。誠様のあなたへの執着は、あなたが思っているよりだいぶ根が深いですよ。若いというのはいいですね」
そんな事今更なのに。毎日の事で、嫉妬なんて。執着って。
「林田君が私相手にそこまで。だってそんな事で嫉妬してたら、毎日しなきゃいけなくなるんじゃ……」
「恋は盲目。惚れた者の負けです。男は単純なんですよ。私は今までずっと見てきたんで分かりますが、誠様はあなたが初恋なのでしょうね」
「は、初恋っ!?」
女っ気が全くなかったわけじゃないけれど、この家に女の子を入れた事もなく、一人をずっと傍に置いた事すらないらしい。
「あなたはただ、誠様のあの一途な愛に、黙って包まれていればいいんですよ」
そうやって笑う立花さんに、そんなものなのかと妙に納得する。
凄く照れるけれど、こんな幸せな情報を聞かされて、私はどうしていいか分からず、ただ顔を赤くするしかなかった。
「唯栞」
「ふぇっ!?」
いつの間にか背後に林田君がいて、声をかけられて飛び上がる。その拍子に持っていたお皿を落とす。それを上手に立花さんがキャッチする。
「びっくりした……ど、どうしたの?」
返事をする事なく、林田君に手首を掴まれて腕を引かれる。
「林田君?」
呼んでも答えてくれなくて、嫉妬と言われたけれど、やっぱり怒っているんじゃないかと不安になる。
何か、してしまったんだろうか。
惚れた者の負けと立花さんは言っていたけれど、こちらの台詞だ。
林田君の行動や言動、表情にすら心乱されるんだから、こちらの方が立場は弱いのに。
一番奥の部屋。
そこに迷いなく進む林田君に、私の心と体は粟立っていた。
そこは、寝室とは違って、いつも彼が私を抱くだけの為の場所だから。
部屋に入って敷かれた布団の上で、大きな体に組み敷かれる。
「あの……林田、君?」
「やけに立花と仲がいいんだな?」
やっぱり嫉妬だった。ヤバい。嬉しすぎて顔がニヤける。
でも、林田君が凄く真剣だ。
顔が近い。こんな時になんだけど、やっぱり格好いい。
「お前は俺の事だけ考えて、俺にだけ笑いかけていればいい」
「はやっ……まっ、てっ……んンっ……」
無茶な事を言うなとか思いながらも、嬉しくなって、やっぱり笑ってしまう。
「んっ……ふふふふっ……」
「ンっ……はぁ……おい、何笑ってるっ……」
キスの最中に笑うのなんて初めてだけれど、我慢できなかった。
「ごめん、でも、林田君が可愛くて……ふふ」
可愛いと言われ、林田君は一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐに眉を顰めた。
「可愛いの使い方が間違ってるな。お前みたいなのを可愛いって言うんだぞ」
「林田君て、ほんとに私の事大好きなんだね」
「当たり前だろう」
「助けてもらいっぱなしだし、いっぱい愛してもらって。だけど、私は何も林田君に返せないよ……」
モヤモヤとした気持ちが溢れる。してもらってばかりで、何も持ってない自分が歯痒くて、やるせない。
私の前髪をサラリと撫で上げ、ふわりと笑う。
「何も返さなくていい。お前はずっと俺の隣にいてくれれば、それだけで十分だ」
何も望まない。お互いがお互いのそばにいられればいい。
私も、それでいい。
「あ、そうだ。一つだけ頼みがある」
「何? 私に出来る事なら」
「いい加減、下の名前で呼んでくれないか」
まるで甘えているような声音で囁く。
そうだ。恥ずかしいなんて言ってる場合じゃない。名前を呼ぶだけで、彼が喜んでくれるなら、何度だって。
「誠、好き……大好き……」
「愛してる、唯栞」
ゆっくり唇が重なる。
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