第29話

地元に戻ってきて、久しぶりの制服に身を包む。



前に来ていた制服は、ここを離れる時に処分したけれど、新しく用意された制服を林田君に渡された。



「やっぱりこの制服、可愛いな」



鏡の前で柄にもなくクルリと回る。



学校から逃げた後、私には新しい癖が出来た。



首輪がなくなってから、寂しくなった首。無意識に触って、撫でる癖。



自分では気づかなくて、初めて向井さんに言われてハッとする。



「唯栞ちゃん、またやってるよ? それ、出来るだけ人の前ではやめなさいね。無駄にエロい顔してるから」



そう言われたけれど、体に染み付いたものは取れなくて、気づけばこうやってまた触ってしまう。



あんなに逃げ出したかった場所に、彼のそばに帰れた事に、嬉しさが止まらない。



その反面、不安もある。その不安を和らげようと、また首を触る。



悪循環。



時計を確認をして、身支度を整えたら玄関を出た。



「唯栞様、こちらへ。誠様がお待ちです」



相変わらずピシッとシワ一つないスーツを着こなし、当たり前みたいに私にも頭を下げる大人の男の人。



何も言わずに私を受け入れてくれる人だ。



ありがたいというか、さすが大人というか。



促されて車に乗ると、先にいた林田君がこちらを見た。



「やっぱりその格好がしっくりくるな、よく似合ってるよ、お前に」



毎回林田君は、何だってまっすぐな言葉をぶつけてくるから、心臓がもたない。



ドキドキさせられっぱなしだ。



「体は?」



「あ、うん、だ、大丈夫」



「すまない。情けない事に、俺はお前相手に理性を保つのが難しいらしい」



何か、しょっちゅう彼に、全身で愛の告白をされてる気分で、どうしていいか分からなくなる。



「顔、真っ赤だぞ。照れてるのか? 照れるところなんてあったか?」



何も言わずに窓の外に顔を向けた。



「怒ったのか?」



「怒って、ない」



恥ずかしすぎて顔が見れない。



流れる景色を見ながら、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。



「怒らないでくれ。こっちを向いて、顔を見せてくれないか? 最近、シてる時以外あまりお前の顔が見れていない」



近い。凄く近くに林田君の気配がする。



低く囁く声が耳のそばでするだけで、体が震える。



「唯栞」



「怒って、ない、から……耳元で、しゃべらないで……」



「何故だ? 俺はお前の近くにいたいんだが」



林田君てこんなキャラじゃなかったはず。いつからだろう、凄くいやらしく誘惑するみたいに接してくる。



優しく顎に指を添えられ、そちらを向かされて、黒目がちな目と視線が合う。



その目がゆっくり細められ、頬を撫でられる。



「唯栞」



「林田、く……っ……」



唇が触れ、ペロリと舐められる。



「続きはまたな」



ふっと笑った林田君にまた心臓を高鳴らせた私の耳に、立花さんの学校に到着したと知らせる声が届いた。



久しぶりの風景に、違う意味でまた心臓が揺さぶられる。



「とりあえず、まずは校長室だ」



「う、うん」



「大丈夫だ。俺がいるから、心配ない」



手を優しく握って笑う林田君に、どこまでも感謝でいっぱいになる。



一生この人に頭が上がらない。どうやったら、恩返しになるのだろうか。



林田君に手を引かれて歩く私は、色んな意味で注目の的だった。



それでなくても奴隷制度で有名になった挙句、逃げ出して学校を辞めるという、前代未聞な行動を取ったんだから仕方ない。



その上で、林田君と手を繋いで登校ときたから余計だろう。



校舎へ入り、靴を履き替えると、校長室へ向かう。



校長室では、校長と教頭、そして教師が一人立っていた。



校長に謝罪をした後、教師が担任であり、林田君と同じクラスである事を知った。



全て林田君の力が働いているのだと察した。



反省文だけで済んだのも、そのお陰なのだろう。



何もかも、林田君にしてもらってばかりで、申し訳なさでいっぱいだ。



校長室を出ると、奥島君と涼子ちゃんが立っていた。



「唯栞ちゃんっ!」



目に涙を溜めて、涼子ちゃんが抱きついてきた。



「心配したよぉーっ! 急に学校辞めたって聞いてっ、私っ、私っ!」



少ししか一緒に過ごしていなかった私の為に、こんなにも心配して涙を流してくれる人がいて、私はつられて泣きそうになる。



「涼子ちゃん……ごめんね……」



「ううん、唯栞ちゃんも色々悩んで、辛かったんだよね……」



キツく抱きしめられた腕が温かくて、涙が流れる。



後ろで何も言わずに立っている、奥島君と目が合う。



「唯栞、おかえり。つーか、俺怒ってんだよ、突然いなくなっちゃってさ」



「ごめんなさい」



「帰ってきたら帰ってきたで、林田とくっついてっし。俺返事もらわない間に失恋してんじゃん」



「えっと、ごめん、なさい」



大きなため息を吐いた奥島君は「まぁ、わかってたけどさ」と少し笑った。



温かい人達に囲まれていたのだと知り、私は今まで自分の暗い気持ちにばかり囚われていて、どれだけ勝手で愚かな事をしてきたのかを、改めて思い知る。



周りが見えていなかった。



辛いのは自分だけじゃないのに。



しっかりしなきゃ駄目だ。林田君に甘えてばかりじゃ、駄目なんだ。



でも、私に何か出来る事なんて、あるんだろうか。



新しい教室で、新しいクラスに新しい担任。



そして、同じクラスの涼子ちゃんに、林田君と奥島君。



奴隷はまた、新しくメンバーが入れ替わったらしい。



授業中も、気づけば首に触れている。



「だいぶ病んでるな、私も」



授業に集中出来ず、自傷気味に笑って窓の外を見ていた。

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