エピローグ
第28話
長くお世話になった向井さんに恩返しと言うほどの事は出来ないけれど、少しでもと思ってとりあえず朝ごはんを作る為、私はキッチンに立っていた。
「ちょっ、包丁持ってるからっ、んっ……」
「起きたらお前がいなくて、焦った……」
「さすがにもう逃げないっ、からっ、ぁっ、やだっ、ダメっ……」
キッチンに立つ私を後ろから抱きしめて、足に指を滑らせて、スカートから手を入れてくる。
ゾワゾワとした感覚に、また体が熱くなってくる。
「ほんと、にっ、ダメっ……んあぁっ……」
下着の隙間から、指が入ってくる。
首筋を舐め上げて吸う事も忘れない。
「濡れてるな」
「林田君がっ、触るからっ……」
「俺が少し触っただけで濡れるのか……いやらしい体だな……」
楽しそうに笑う林田君。やっぱり彼は意外と意地悪だ。
さすがにこんな場所でこういうのは困る。
いくら早い時間だとはいえ、向井さんや磯井君がいるのだ。いつ現れるか分からないのに、これはマズい。
「林田君っ、ほんとにっ、んっ、ぁ、ダメだってばっ……」
「……あのさぁ、朝っぱらからイチャイチャせんといてくれる? しかも結構な濃厚さで。ほら、こっちの童貞君が唯栞ちゃんのエッチな声聞いて、色んな場所が固まってもうてるやん」
呆れた様子の向井さんの声が背後から聞こえ、血の気が引き、すぐ顔に熱が集まる。
磯井君も真っ赤な顔で、驚いて呆然としてこちらを見ていた。向井さんの言葉に、自然と磯井君の下半身に目が行ってしまった。
磯井君のモノが、反応していたのが分かってしまって、目のやり場に困った。
二人の顔が見れず、私は目を逸らして俯いた。
二人が知らないにしろ、学校では散々いやらしい部分を晒してきたのに、今更恥ずかしがるとか、笑える。
「俺、ちょっと……」
磯井君が来た道を戻って行った。
「あらら、磯井君もウブやなぁ。まぁ、童貞君には刺激強かったか」
少し笑って、向井さんは何事も無かったかのように欠伸をした。
そんなこんながありつつ、朝食が終わって、私は目の前に並んで座る向井さんと磯井君の二人に頭を下げた。
「今まで散々お世話になったのに、勝手な事を言ってすみません」
「何言うてんねんな。唯栞ちゃんが帰れる場所があって、幸せになれるんやったら、俺らが反対する理由はどこにもないんやから、気にする事ないんやで」
そう微笑んだ向井さんの横で、納得いかない顔で磯井君がむくれている。
「ほら、磯井君。唯栞ちゃんの事好きなんやったら、好きな子の幸せを一番に考えられなあかんで。それでこそ男やで?」
磯井君の頭をくしゃりと撫でて、向井さんが笑う。
磯井君が少しして、決意したような顔で林田君を見る。
「唯栞泣かせたら、絶対許さんからな。大事に、したれよ」
「ああ、分かってる」
「唯栞も、こいつに何か嫌な事されたら、すぐ言うんやで。俺が助けたるからなっ!」
「磯井君、ありがとう」
いい人に出会えたなと、つくづくありがたくて涙が出た。
私が泣き止むまで、林田君はずっと手を握ってくれていた。
二、三日滞在し、私達二人は観光と称して、初デートをした。
体は何度も重ねたと言うのに、こうやって二人で並んで街を歩くなんて、何だか緊張する。
自然と絡まる指が、熱くて、むず痒い。
「やけに静かだな。どうした?」
「え? あ、何か、こうやってるのが初めてだから、ちょっと緊張してます……」
「ふっ、可愛いな」
「可愛くないからっ!」
またこうやって照れるような事を言う。私が否定すると「いや、可愛いぞ」と繰り返す。
優しく笑った林田君に見惚れてしまう。
初めて私がこの人を好きになった時の笑顔も、凄く優しかったのを今でも鮮明に覚えている。
強くて真面目で、男らしくて優しい人。
主と奴隷という関係から近づけたけれど、こんな関係になれる日がくるなんて思ってもみなくて、浮かれてる自分がいる。
ニヤけてしまいそうになる顔を隠した。
それでも、顔は見たくなるから、下から少し横目で盗み見る。
やっぱり格好いいな。
どうしよう、キスしたい。
「唯栞」
「へ? っ!?」
唇に小さく当たる感触。
こんな所で、こんな人の多い場所で、キスをされた。
「えっ、ななっ、どっ、あ、こっ、なんっ、ななっ、なっ……」
「悪い。キスして欲しそうな顔、してたからつい、な」
そんな顔してたんだ、私。
まさか、今まで色々隠せてたと思ってたのも、隠せてなかったのか。
非常に、マズいのではなかろうか。
私の気持ちが、ダダ漏れなのは駄目な気がする。
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