第五章

第22話

目を覚まして、始めに目に入ったのは、知らない天井と、赤い髪の毛だった。



手が握られている。強いのに、心地いい強さ。ほっとする。



冷たい鎖もない、暗い部屋でもない。明るくて、ふかふかなベッド。握られる大きくて温かい手。



助かったんだと思うと、涙が溢れて流れた。



握られていない方の手で、奏夢の赤い髪をそっと触る。



柔らかい髪に、指が埋まる。何度も撫でる。



「……好き……」



自然と口から出た言葉に、自分で驚いて目を見開く。そうかなくらいにしか感じてなかったからか、改めて口にすると顔に熱が集まる。



急に恥ずかしくなり、自分の顔を片手で覆う。



「嘘、でしょっ……」



「何が?」



「っ!?」



声がして、綺麗な目と目が合う。



久しぶりに見た気がする綺麗な顔が、優しく微笑む。



「体、大丈夫か? 痛いとこ、ない?」



言われて、大丈夫だと答えて微笑む。



体が引き寄せられ、抱きしめられる。



ふわっと奏夢の香りが鼻をくすぐる。



「守るって言ったのに……助けるってっ……ごめんっ、遅くなって、ごめんなっ……痛かったよなっ、辛かったよなっ……ごめんっ」



誰よりも余裕があって、誰よりも自信家で、怖いものなんてないって顔をしていた男が、私を抱きしめながら、体と声を震わせて謝っている。



「……美颯っ、美颯っ……」



「奏夢……そんなに、キツく抱きしめたら、痛いっ、です……」



バッと体を離した奏夢の顔を見て、びっくりしてしまう。



奏夢が、泣いてる。



この人が泣くなんて、ありえない。槍でも血の雨でも降るんだろうか。



そんな酷い事を考えているのに、涙を流すその姿が綺麗だと思った。



頬に手を当て、指で涙に触れる。



「私の為に、泣かないで……。私は、大丈夫です。助けてくれて、ありがとう……」



こんな私の為に泣いて、助けてくれて、愛してくれて、感謝しかない。



幸せを感じたのは、父がいた頃以来、初めてだった。



「お前は、優しいな……。ほんと、どんだけ俺を夢中にさせんの……」



優しく頬を両手で挟まれ、顔が近づく。



それに身を任せるように、優しいキスを受け入れる。



触れるだけのキス。ふっと笑い合って、またキス。



「……奏夢……好き……」



「……へ?」



「奏夢が、好きです」



そう言って、自分からキスをする。



ポカンとした顔で固まる奏夢が、みるみる赤くなっていく。



また新しい奏夢の表情を見た。



「可愛い……」



「かわっ……」



「うん、可愛い」



照れた顔が可愛くて、笑ってしまう。



立ち上がり、ベッドへ乗ってきた奏夢の膝に座らされる。



「お前のが何倍も可愛いよ」



耳元で囁かれ、くすぐったくて身を捩る。



「なぁ、好きってもう一回、言ってくんね?」



「……好き……奏夢が、好きです」



「俺はもっと好き。いや、愛してる」



聞きなれない言葉に、ムズムズする。



深いキスが繰り返され、それに答えるようにキスを返す。



―――コンコンッ。



部屋がノックされ、私は飛び上がる。けれど、相変わらずキスが終わる事はない。



「かなっ……んっ、だめっ、ンんっ……」



「何が駄目? はぁっ……っ駄目じゃ、ないだろ……んなエロい顔して……っ……んっ……」



ガラガラと扉が開かれ、私はより一層の抵抗を激しくする。



「おやおや、これは大変な時に来ちゃった感じ? いやぁー、若いっていいね〜」



「こら、奏夢っ! まだ体が辛い子に何やってんのっ!?」



奏美さんに背中を思い切り叩かれた奏夢が、小さく呻いて唇が離れた。



「馬鹿がごめんね。美颯ちゃん、体大丈夫?」



「……は、はいっ、大丈夫です。あの、私は一体どうやって……」



私がどうやって助け出されたのかを聞いて、奏夢がどんな凄い家に生まれたのかを、改めて自覚した。



そして、兄達がどうなったかは、聞かせて貰えなかった。聞かない方がいいとはぐらかされてしまい、私も怖くて聞けなかった。聞いてはいけないと思った。



もうあの人達と会わなくて済むなら、それだけでいい。



「でもよかったわ。薬打たれてたから、どうなるかと思ったけど、そこまで強いものじゃないみたいだし、後遺症が残るものでもないみたいだから、明日には退院できるわ」



そう言って、奏美さんは私の頭をポンポンとする。



優しい手は、私の涙腺を刺激した。



泣き出した私を奏美さんが優しく抱きしめてくれる。



こんな幸せを手に入れてしまったら、駄目になってしまう。



手放せるはずがない。



「そういえば、奏夢、あんた頭の包帯勝手に取ったわね」



「もう何ともねぇんだから、いいんだよ。つか、余計な事言うなよ……」



「怪我、したんですか?」



「何でもねぇ。お前が気にする事じゃない」



そう言ってまた私を抱きしめる。



二人が部屋を出た後も、私を抱きしめる腕は離してはくれなくて。二人でベッドに横になる。



髪を撫でる手が気持ちよくて、ウトウトしてくる。



「怪我、私のせい、ですよね?」



「違う。気にすんなっつったろ? 俺は大丈夫だ。頑丈だしな」



心でごめんなさいと謝りながら、ギュッと抱きついた。



「なぁ、気になってたんだけどさ、いい加減敬語やめろよ。他人行儀っつーか、恋人なんだし、何か違うだろ」



モゴモゴと言う奏夢を見上げる。



綺麗な目を見つめ、微笑む。



どちらともなく唇が重なる。



何度も何度もキスをして、守るように抱きしめられて、温もりに眠気が襲う。



「おやすみ、美颯」



頭にキスが落ち、私の意識が眠りの底へ落ちていった。

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