第19話
主と奴隷という関係から、彼氏彼女という関係になったけど、どうするのかは知らない。
向かい合って座り、啄むようなキスが降り注ぐ。
「美颯……好き……美颯」
キスを繰り返されながら、ずっと好きと囁かれ続けている。
「んっ、ほうづ……」
「奏夢……だろ」
「っ、んっ、かな、め……」
甘いキスに甘い言葉。
優しい手が髪を撫で続け、それはまるで鎖のように私に絡みつく。
あの頃の痛くて辛い鎖ではなく、甘い痺れをもたらす心地いい鎖。
ずっと縛っていて欲しいような。
―――〜〜〜♪
奏夢のスマホが鳴っているのに、キスをやめる気配がない。
必死で胸を押すけど、ほとんど効果がなくて、手首を掴まれ、今度は深く口付けられる。
「ンんっ、ふぁ……でん、わっ……ぅんンっ」
「無視しとけ……」
それでも、ずっと鳴り続けるスマホを、イライラしたように睨みつける。
「ちっ……るせぇな……」
最後にちゅっとキスをして、スマホを手に取って、操作してまた下に置いた。
スマホの向こうから声がする。
『出るのが遅いっ!』
お姉さんの声がしてスマホを見ていると、スカートの中に手が入ってきて、首筋に舌が這う。
「ちょ、かなっ……んっ……」
声が出ないように、手で口を塞ぐ。
やめてと肩を押し返して、首を振ってみせると、口の端を上げて笑う。
「美颯、可愛い。その顔いいね……マジでそそる」
耳元で小さく囁き、起き上がった自身を、ズボン越しに私のソコへ擦り付けてくる。
それだけでも、キスで熱を持っていた体は、その温度をあげていく。
スマホの向こうでお姉さんの声がしているのに、入ってくる熱いモノに、体をビクビクとさせながら荒い息を弾ませる。
「気持ちよさそうな顔……トロけきってんじゃん……たまんねぇ……」
軽く奥をトントンとされ、唇をキツく吸われただけで、ゾクゾクした感覚に体を震わせて達する。
もう声を我慢する事が難しくなり、手が外れて声が漏れ始める。
恥ずかしくて涙が溢れる。
スマホをチラリと見て、手に持って私に画面を向けて、意地悪く笑う。
「あーあ、切れてるね。残念。可愛い声、聞いてもらえなくて」
「ゃ、ああぁっ……」
一気に激しく突き上げられ、体をガクガクさせて絶頂する。
荒く呼吸をしてぐったりしていると、額に優しいキスが落ちる。
「さっき姉貴が言った通り、今日は実家行くから。一人で帰れるか? 無理なら誰か……」
「だ、大丈夫っ……」
好きという感情を出し始めてから、凄く過保護な父親みたいになる。
ぎゅーっと抱きしめられ、またキス。
名残惜しそうに手が離れる。
久しぶりの別行動。
そして、久しぶりの寮への道。
一人でこの道を歩くのも、いつぶりだろうか。ずっと奏夢と一緒に奏夢の家ばかりだったから。
人通りはあまりない。
一人になるのが久しぶりだから、少し不安になる。いつからこんなに弱くなったのか。こんな事で、心細くなるなんて。
「どうしよ……会いたい……」
自分がチョロ過ぎて、哀れになってきた。
少し離れただけなのに、会いたいなんて。まるで付き合いたての初心な少女みたい。
私も相当重症だ。
―――キッ。
隣に突然黒い車が停まる。
体が一瞬で冷える。
見覚えのある車の扉がゆっくり開く。
血の気が引いていくのが嫌という程分かる。体が真冬の風に晒されたように、ガタガタと震える。
「な、ん、でっ……」
「やっと……やっと見つけた……僕の可愛い美颯……」
恐ろしく優しい声。私を恐怖に突き落とす甘い声。
手首をあっという間に掴まれ、痛みで顔が歪む。
「あぁー……その痛みに歪んだ顔も、相変わらず可愛いよ……。はぁー……やっと……やっとお前に触れられる……。お前の大好きなお兄ちゃんが迎えに来たよ……さぁ、僕達の家へ帰ろうか……」
「ゃ……ぃや……いやっ!」
必死に抵抗するけど、線が細くてか弱そうなのに、やっぱりそれでも兄は男の人で。
何度も振り払うように暴れるけど、意味が無い。
「僕から逃げようとするなんて……美颯はいけない子だね」
優しいのに、冷たい声。
―――パンッ!
左の頬が熱く痺れて、口に鉄の味が広がる。
頬を殴られたのだとすぐに理解する。
ますますガタガタと体が震える。
「ちゃんと言うことを聞いていれば殴られなくて済むんだから。会わないうちに忘れちゃったんだね。ほんとに分かってないね美颯は。でも大丈夫だよ。僕がちゃんとまたしつけてあげるからね」
この人の笑顔が、怖くて怖くて、車に乗せられる時には、もう抵抗ができなくなっていた。
また、あの家に戻るのか。
あの人達が嫌な顔をするのが、簡単に想像出来る。
やっぱり私は、あの家からは逃れられないんだ。
流れる景色に目を移し、またあの頃の諦めを思い出す。
それでも、やっぱり彼を思い浮かべてしまう。
奏夢。
奏夢。
奏夢。
願っても、名前を呼んでも、意味はないのに。
もう会えないかもしれないのに。
なのに、彼を求めてしまう。
彼なら、助けてくれるんじゃないかって、期待をしてしまう私は、愚かだ。
助けてもらえるなんて、そんな考えは捨てなきゃいけない。
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