第16話

酷い事をされる覚悟していた私は、今拍子抜けしている。



なんだろうか、この状況は。



「あ、あの……」



「何?」



「怒って、たんじゃ……」



「うん、怒ってるね。凄く。でも、このままもし抱いたりなんかしたら、ご褒美になんじゃん? ほら、お前淫乱だし」



驚く程の笑顔でそう言われ、呆気に取られる。



だからと言って、何故私は鳳月君に後ろから抱きしめられるような体勢で、ソファーに座っているのか。



頭に鳳月君の顎が置かれている為、頭が重い。



指は絡められて手を握られ、凄く甘い雰囲気に、私はどうしたらいいか分からない。



奴隷として、どういう態度でいればいいのか。とりあえず大人しくしている。



「……んっ」



「何? 感じてんの?」



「くすぐっ、たぃ……です」



耳を舐めたり甘噛みした後、首筋に顔を埋めて何度もキスをして、ねっとりと舌で舐められる。



「こっち向け、キス、したい。させて」



改めて言われると、照れてしまってムズムズする。



大きな手が顎を捕らえて、顔だけ後ろを向かされる。



ゆっくりと触れる唇。何度も優しく触れるだけのキス。



ほんとに、何なの。



意味がわからない。不思議な人。



キスが終わったのに、ただ私の目を見つめてくる。私も外す事はしなかった。



何か考えてる顔。何を考えてるんだろう。



「……お前、アイツの事、好きなの?」



「へ?」



アイツって、誰?



意味が分からず黙って首を傾げる。



「さっきの奴。牧田君?」



「今日、初めて、話したので」



首を横に振ってそう説明する。



「その割には、仲良さそうだったじゃん?」



シャワーまで連れていってもらった事から、最後までを説明する。



告白とキスは、黙っておく。これは、人に言うような事じゃないから。



「ヒーロー登場ー、みたいな? それで、惹かれた?」



「……優しい人、でした」



「ふーん……俺も、優しいよ?」



肩に頭を乗せて、こちらに顔を向けながら、拗ねたみたいな顔をする。



「なんか、面白くねぇ……」



人が変わったような態度に、困惑する。



今本当にどういう状況なんだろ。私はどうするのが正解なんだろう。



「でも、ま、お前はアイツより俺を選んだって事で、許してやるか」



「……機嫌、治りました、か?」



少しニヤリと笑った鳳月君にそう聞くと、じっと見つめられる。



「ん〜……お前から、ちゅーして? そしたら、機嫌よくなる」



凄く、甘えられてる。



何キャラなんだろう、これは。こんな人だっただろうか。



悔しいけど、ちょっと、可愛い。



少し体をズラして、顔を突き出す鳳月君の唇にキスをする。これで機嫌が良くなるなら、安いもの。



「駄目だ。もっとしたい……ほら、こっち向いて、膝、乗って」



少し息が荒くなる鳳月君の言う通り、膝の上を跨り、向き合う形で座る。



ちゅっちゅっと何度何度もキスが降る。その合間で、器用に言葉を紡ぐ。



「なぁ……んっ……お前が、っ、アイツに連れてかれたの知って、さ、ぁぅんっ……はぁ、めちゃくちゃ焦った……っ、アイツといるの見て……ンっ……アイツがお前に、触ってんの、見て、はむっ、んっ……イラついて……ふっ……」



会話しながらのキスなんて初めてで、言葉の途中で漏れる鳳月君の色気のある吐息に、明らかに興奮している自分がいる。



「ん、はぁ……でも、お前が俺のとこ、擦り寄ってくる、だけでっ、はっ、んっ、そんなん全部、吹っ飛んで……はぁ……こんな感情、俺……知らねぇから……訳わかんねぇ……。お前なら、分かる?」



取られたと思った奴隷が自分の所に戻ってくる。ただそれだけなんじゃないのか。



キスをやめて、こちらをじっと見て答えを求めるように見つめてくる。



「取られたって感じた玩具が、自分の元に帰ってくる……って事、ですよね?」



何かを考えているように、下を向いて唸っている。



「う〜ん……でも……何か、そういうんじゃねぇんだよ……しっくりこねぇ……スッキリしねぇの気持ち悪いわ……」



私を抱き上げ、ベッドへ移動する。



もう慣れた部屋で、いつものように抱かれる。はずなのに、抱かれ方は、凄く、甘い。



「なぁ……名前……呼んで」



「っ、ぁ……ほ、づき……」



「下。呼んでよ。呼び捨て、なっ……」



「んっ、あぁ、かな、めっ……奏夢っ……」



キスしろとか、名前呼べとか、最近はほんとに何がしたいのか分からない。



ほんと、調子が、狂う。



酷くされないならその方がいいし、優しくしてもらえるならそれがいい。



捨てられないなら、そっちの方がいい。



「やばっ……名前の、破壊力っ、すごっ……」



腰の動きが突然早くなる。奥を突かれたからだは、嫌でも絶頂を促される。



「ぅ、出るっ、名前、もっ、とっ、呼んでっ、はぁはぁ、っ、あ、イクっ、くっ……」



「あぁっ、はやっ、いっ……んっ、奏夢っ、奏夢っ、かなっ、イ、っ、んんあああぁぁ」



激しく痙攣して反り返った体に、鳳月君の長い腕が巻きついてきた。



「ほんとっ、お前……最高っ……」



「んぅっ……」



キツく唇を吸われ、離れた後に熱く見つめられる。



「なぁ……お前さ、マジで俺のになんない?」



「……えと、私は元々、鳳月君の、奴隷、だけど……」



「じゃなくて、彼女とか……どう?」



思考が停止する。



固まる私に、鳳月君はもう一度ちゅっとキスをする。



「他の女なんかもう抱けねぇし、お前が他の男にとか考えたらさ、頭おかしくなりそう。頼む、俺の事好きになって。彼女、になって」



囁かれながら、耳、首筋、頬、唇にキスの雨。



「ちょ、待ってっ、あのっ、んンっ……ゃ、あぁっ……」



「早く、答えて……またヤりたくなってきたから……」



答えてという割に、また揺さぶられて答えさせてくれない。



また何度も絶頂を迎え、やっと終わった頃には、私に答える力は残っていなくて。



頭を優しく撫でる大きな手。



一体何のつもりなのか。彼女にならないかという不思議な誘い。まさか本気なのだろうか。



考えれば考えるほど、パニックになる。



ウトウトしていたら、耳に鳳月君の小さな声が届く。



「……好き……か。うん、これだな。しっくり来たわ」



最後の力を入れて、顔だけ上を向けると、スマホを片手にブツブツ呟く鳳月君が見えた。



さっきの質問を、この人はわざわさ調べていたのか。



ほんとに子供みたいに、まっすぐで、素直で、ある意味純粋。



どうしよう。可愛い。



自分よりも大きくて俺様で、わがままで、勝手なのに、いつも私の予想を超えてきて、私の気持ちを乱してくる。



私も相当おかしいのかもしれない。

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