第9話

〔奏夢side〕



そろそろかと思っていたが、明らかに学校で奴隷であるあいつの姿を見なくなった。一緒に律樹もいねぇ。



すぐにピンときた。



あいつはあそこにいる。律樹の、離れだ。



運転手に行き先を告げ、首にかかった銀色の〝主である証〟を指先で弄ぶ。



少しして、見覚えのあるデカい家で車が停まる。



運転手に待つように言い、勝手に中へ入り、離れへ向かう。



離れの扉を開けると、異様な匂いが鼻を刺激する。



「臭ぇ……エロい匂い充満してんじゃん……」



靴を脱いで、いつもの場所へ向かう。



「ゃっ、ぁ……も、とぉ……もっとっ……」



聞き覚えのある腰に来る声が、部屋に近づくにつれてデカく聞こえ始める。



「あいつ、また変なもん使ってんな……」



イラつきを覚え、小さく舌打ちをする。



部屋へ入ると、先程の匂いがもっと強く鼻に届く。



「いぃ……んあぁっ……きもち、ひぃっ、あああっ、せんぱっ……」



「はぁはぁ……あぁっ、可愛いっ、好き、好きだよっ! ん、もっと、締め、てっ……っ、はぁ、いいよっ、はあぁ……」



ベッドが激しくギシギシと音を立てて、律樹が腰を必死に振り、小さな女を揺さぶっている。



部屋中にありとあらゆる種類の玩具やら、使い終わったゴムやら、ティッシュが散乱していて、数日間ぶっ通しの情事の後だと知らしめる。



律樹が一段と腰を強く打ちつけた後、ようやく終わったようで、自身を引き抜いた。そして俺の存在を確認する。



「はぁはぁ……あぁ、いたんだ……はぁ……相変わらず、勝手にいらっしゃい」



ムワッとする嫌な匂いの中に、甘い匂いがして、顔を顰めた。



「くっせぇな……エグい匂いさせてんじゃねぇよ。お前、また変な薬使った?」



「やめろよ、累じゃないんだから。薬じゃないよ、アロマ」



「どっちもラリんだから、同じだろうが。人のもんに変なもん使うな。つか、お前玩具の数やべぇな。こんなん使わねぇと、お前のそのご立派なもんは役に立たねぇのか? あぁ?」



わざと煽るように言い、女――美颯の服を拾う。



「おら、しっかりしろ。帰んぞ」



焦点の合わない虚ろな目をして、激しく息をする美颯の肩を叩く。意識が飛んでるようで、声が耳に届いていないようだ。



「チッ……めんどくせぇ事してんじゃねぇよ、クソが……」



何も言わず睨みつけてくる律樹を冷たく一瞥し、スマホを取り出す。



「毛布持って来い」



それだけ言ってスマホをしまい、美颯を抱き上げる。



軽く持ち上がった体は、最初に抱いた時よりもっと軽くなっていて、どれだけの時間好きにされていたのかが窺え、また苛立って舌打ちをする。



自分の上着を美颯の肩から掛けて、律樹に言葉だけを投げる。



「今後、もう二度と、こいつに触る事は許さねぇ。こいつは俺専用になる。覚えとけ」



歩き出した俺の耳に、小さく「分かってるよ」と聞こえたが、聞こえないふりをして玄関に向かう。



玄関では、毛布を手に運転手が待機していた。美颯の服を渡し、代わりに毛布を受け取って美颯を包んで抱き直す。



まだ荒い息をしているものの、目は閉じられ、少し落ち着いてきたように思えた。



車に乗り込み、俺の胸で寝息を立て始めた美颯の前髪を撫でる。汗で張り付いた前髪を払い、額にキスをする。



「……奴隷に何やってんだ、俺は」



苦笑し、窓の外に目を向ける。小さく身動ぎした美颯が、俺の胸に頭を擦り付け、小さな手で俺の胸の辺りのシャツを握りしめた。



心臓が跳ねる。初めての感覚。



こんな微妙な感情、俺は知らない。



窓の外に目を戻した俺の手は、無意識に美颯の体を抱きしめていた。

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