第十一話 勝者と敗者
先程までの喧騒が嘘のように静まり返る。
周辺に倒れ込んだ男達を、メレクは静かに見渡した。
「普通だ。特に未知の魔道具が作用したようには見えないな」
その背後から、いつの間にかメレクの背後に回ったカーメラが彼に向かって斬りかかろうとしていた。
「だが、何故か銃だけは通用しない。何故なんだろうな」
メレクはそう言うと、銃をカーメラに向け、引き金を引く。
腹に響く「バンッ」という音と共に、カーメラは再び後ろに倒れ込むが、まるでダメージを受けていないかのように即座に起き上がる。
肩で息をする彼女は屈辱に歪んだ表情を浮かべ、冷静さを取り戻そうと深く呼吸を繰り返す。
吐き出された白い息が、冷たい風に流されていった。
「……何故私だけ銃で撃つわけ? 女だからって加減してるの?」
「侮辱する意図は無いよ」
「なら、せめてこっちを向きなさいよ!」
メレクはゆっくりとカーメラの方を向く。
その瞳に微かに宿った緑色の魔力光が彼女に、心臓を凍らせるかのような恐怖心を呼び起こさせた。
同時に、カーメラは言い表しがたい嫌悪感のようなものを感じ、額に汗が滲むのを自覚した。
それを単なる自身の弱さがもたらす怯えだと言い聞かせ、震える歯を食いしばりながら、メレクと正面から対峙した。
カーメラは剣を突き立てるように構えて襲い来る。彼女の言葉に何かを感じたのか、メレクは銃を撃たず軽々と躱す。
彼女は右手の剣で大振りに相手の視界を遮りながら、その隙を突くように左手の短剣を突き出す。だがそれすらメレクは容易に対処した。
魔道具の支援があれば体格差による戦闘力の差は埋まるのか。
答えは明確に否である。
アヴェレルやタルマッジが岩に叩きつけられた際、決して小柄ではないメレクですらウリアの巨体を重しとして使った。
どれほど強力な魔道具を用いても、『小さい』『軽い』という特性は覆せない。
打撃に限定するならば、地面を利用し下から突き上げるように攻撃するのが定石だ。
だが、カーメラの攻撃は上からの斬撃や横からの一閃、あるいは奇襲気味の短剣による突きに終始し、足払いすら仕掛けてこない。
自身の肉体の脆弱さを理解していないのか、あるいは男と同じように戦いたいだけなのか。いずれにせよ稚拙と言わざるを得ない。
確かに彼女の剣術そのものは洗練されている。だが、囮と本命があまりに明白で、美しく洗練されてはいるがそれだけのものだった。
「いかに理念や信念だけ立派でも――」
メレクはもはや避けることすらせず、銃を持たない右手のグローブ越しに指で短剣を軽くつまんでは引き、カーメラのバランスを崩す。
体勢を崩した彼女が振り返る間もなく、メレクは躊躇なく引き金を引いた。
衝撃によりカーメラは転がったが、魔道具の効果で肉体へのダメージは無く、すぐさま立ち上がって再び襲いかかってくる。
「実行力がなければ、ただの独り言だ」
近寄ったカーメラの至近でメレクは引き金を引く。
初撃で彼女は仰け反るも、歯を食いしばって踏みとどまる。
その健気な努力を打ち砕くように、メレクは再び発砲する。
銃弾が当たるたび、カーメラの腰の後ろで何かが破裂するような音が聞こえた。
ついに立ち上がる力を失ったのか、カーメラは無言のままメレクを睨みつけた。
その視線に宿る不屈の精神を、メレクは確かに感じ取っていた。
「でも努力はしたんだな」
「! そうよ! 私は――」
彼女の叫びを最後まで聞くことなく、メレクは冷徹に引き金を引いた。
倒れたカーメラをよそに、メレクは昏倒しているタルマッジの足元に目を向けると、容赦なく銃を撃ち込んだ。
彼の腰の後ろ側でまたしても何かが破裂する音が響く。
メレクは近づき、彼の腰元から、ベルト状に固定された物を取り外して眺めた。
そこには銃弾ほどの大きさの魔道具が差し込まれており、その内の二つが破裂していた。
「なるほど、残機みたいなもんか」
メレクはそう呟くと、そのベルトを背後へと投げ捨てると、それは波紋を残して虚空へと消え去った。
そして彼は、痛みで脇を押さえ荒い息で肩を上下させる動けないフードの男の元へ、ゆっくりと歩み寄る。
男は驚愕に震えていた。
「……空間収納、なのか?」
震える声さえも実にイケメンである。
フードの男が知る「空間収納」とは、精密に設計された金属製の箱を用い、極限まで歪みを排除して初めて成立する魔道具だ。
彼も実物を目にしたことがないほど希少なものである。
しかし、目の前のメレクは、何もない空間から銃を当たり前のように手にしていた。
これはフードの男が知る常識からは完全に逸脱していた。
「お前は一体何なんだ」
震える声で問うフードの男に、メレクは「はぁ」と深い溜め息をつく。
その白い吐息は、冷たい夜気に溶けるように消えていった。
「また身辺調査か。良いよな、お前らはどこに行っても『騎士様、騎士様』で。何でお前らは、いちいち職業マウント取ってくるんだ? 『お仕事何ですかー』って」
突如として意味不明な言葉を並べ始めたメレクに、フードの男は眉をひそめ、状況が掴めないまま戸惑いの表情を浮かべる。
「その質問を受けるたび傷つく人もいるんだぞ。お前らには人を思いやる気持ちを持つべきだ」
「お、お前は一体何を言っているんだ」
言葉の意味が掴めず、男は呆然としたまま震えた声で応じる。
メレクは彼の目の前で立ち止まり、冷たい眼差しで静かに睥睨した。そして、低い声で告げる。
「質問に答えてやるよ。俺はどこにでもいる、ただの脱走兵だ」
その答えは一見して明確ではなく、メレクは銃をフードの男に向け優しく微笑んだ。
「大丈夫、死にはしない」
メレクは親指でセレクターをフルオートに切り替え、引き金を引いた。
凄まじい発射速度で放たれる弾丸は、フードの男を跳ね飛ばし、彼の胸元で不思議な鈍い音を立てては止まっていく。
腰元の魔道具が次々と砕け散る中、回転を失った弾丸は力なく地面へと転がっていった。
その一方で、排出された黒い薬莢が、周囲の冷気に溶け込むようにゆっくりと消えていく。その表面はまるで氷が溶けて蒸発するかのように侵食され、儚く姿を失った。
薬莢の中には青く淡い魔力の残滓が宿っており、その中にかすかな緑色の光の粒が混ざっていた。それは最後の輝きを放ちながら、やがて完全に消え去った。
そして最後に残ったフードの男も、一言も発することなく前のめりに倒れ伏した。
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