第十話 五対一

「正面の丘だ! タルマッジとカーメラは右から、ウリアとアヴェレルは左から回り込め! 相手は銃士だが魔道具持ちだ、油断するなよ!」


小柄なフード姿の男はそう指示を飛ばすと、ランプを投げ捨て剣を抜き、装備に魔力を流して起動し、狙撃を警戒しながら静かに前進を始める。

右側にひょろ男とヒステリックウーマン、左側には大柄男と長髪ナルシスト男が、それぞれ戦闘準備を整えつつ、対象を囲むように慎重に動いた。

皆一様に、暗視用魔術の微かな赤い光を目に宿している。

その表情には戦闘経験の乏しさを示す緊張の色が濃かった。


彼らは身を低くしながら、正面の丘から狙撃されないよう、周囲の障害物を頼りに慎重に歩を進めた。

冬の夜は静寂に包まれ、虫も鳥も気配はない。

その中で、草を踏みしめる音だけが異様な存在感を放っていた。

一歩、また一歩。その度に耳に響く足音が、彼らの緊張を否応なく高めていく。


彼らの装備は間違いなく一級品だった。

大柄な男ウリアはルアイリを腰抜けと言うが、彼はこの騎士団でも屈指の実力者であった。

そのルアイリですら一瞬で倒されたという。

しかも例の銃士は、先王レオニルドが手配した護衛だ。弱いはずがない。

現に彼が持つ『魔力を吸う弾丸』は彼らの理解を超えている。

たとえそれが魔力銃であっても、だ。


だが今は五対一。包囲さえ成功すれば、たとえ誰かが撃たれても他が倒せるはずだ。

実際、アヴェレルが撃たれた際、装備は適切に稼働していた。何も問題はない。

正面を受け持つフードの男は、この寒空にもかかわらず背中に冷たい汗を感じていた。


冬の風が木々を揺らし、葉擦れの音が響く。誰もが緊張に包まれたその時、左方で鋭い発砲音が鳴り響いた。


「左だ!」


フードの男は敵がいると思われる方向に向かい、右側の二人に手振りで指示を送り、襲撃者がいると思われる方の後方へ回るよう伝えた。

しかし、肝心の襲撃者の姿が見えない。

左では撃たれたウリアが横向きに倒れ込んだものの、すぐさま立ち上がると、敵がいると思われる方向とは反対側に飛び退き、剣を構えるが、そこには誰もいない。


「認識阻害だ! 注視しろ、奴は動けん!」


そう叫びながらも、フードの男は戸惑っていた。

認識阻害とは、複雑なプロセスを経て『見えないような気がする』程度のことを行う魔術である。

そしてこれはその難易度の高さに対して、動いたり話したりするだけで効果が失われるという欠陥を持つ。

しかも、これは探知に非常に弱く、コストに見合わない魔術であり、戦闘には向かない。


だが、敵は実際にすぐ近くにいて、銃撃まで行っているのだ。


ウリアは即座に探知を開始し、敵の気配を感じた方向へ疾走した。

探知の精度は距離が縮まるにつれて高まっていく。

すでにウリアにはメレクの位置が明確に理解できていた。


「案外あっけないな!」


彼はメレクがいる場所に向けて、青白く光を帯びた剣を力任せに振り下ろした。

だが、バシンという鋭い音と共に、その剣は空中で静止した。


「な、何だ!」


彼は剣を引こうとしても微動だにしない。

次の瞬間、その剣は勢いよく引かれ、ウリアは体勢を崩し、横から放たれた強烈な蹴りを受けて地面に転がった。


そこに立っていたのは、ウリアから奪った剣と自分の銃を手にした一人の男、メレクの姿があった。


彼はウリアの剣を無造作に反対方向へ投げ捨て、まるで地を這う虫でも観察するかのように、警戒もせずウリアを見下ろしていた。

ウリアは痛みで身動きが取れず、身動きが取れない。

打撃を伴う戦術は、魔力障壁を持つ相手に対する一種のセオリーでもある。


そんな中、メレクの右側からフードの男が駆け寄り、ウリアとは対照的に小さくコンパクトな動きで剣を横薙ぎに振り抜いた。

だが、メレクは何の苦もなく身を屈めてその攻撃を躱すと、そのまま後ろ回し蹴りでフードの男の足を引っ掛けて転ばせ、さらに体を半回転させて腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。

転がるように逃れたフードの男は、腹を抑えて膝を付いてしまうが、その唸り声すら実に素敵であった。


その直後、長髪のナルシスト男アヴェレルが、フードの男とは反対側から切りかかる。

だが、メレクは視線を動かすこともなく、まるで背後にも目があるかのように軽く体をひねって攻撃をかわし、そのまま振り返ることなくアヴェレルの顎に強烈な掌底を叩き込んだ。

アヴェレルの視界は衝撃で一瞬揺れたが、それでもメレクに組み付こうと手を伸ばして迫る。

しかしメレクは難なくその動きをかわし、アヴェレルは力尽きたように地面に倒れ込んだ。


遅れてメレクの右後方から、痩身のタルマッジが両手に数本の投げナイフを構え、一斉に投げつけてきた。

ナイフは青い魔力の光を纏い、メレクは視線を動かすことなく、まるでそれらを見えているかのように対処する。

まず一本を首をわずかに傾けてかわし、残り二本もわずかな動きでその場を離脱しながら回避した。

ナイフは地面や木に突き刺さり、強烈な光と爆音を放ちながら周囲の地面をえぐり取った。

威力は確かに強力だが、この武器の主目的は敵の目と耳の機能を奪うことだとメレクは考えた。


その攻撃の爆音と土煙が巻き上がる中、メレクの予想通り、ウリアの巨体が突進してくる。

メレクは軽く体をひねってウリアの攻撃を躱すと、カウンターとして強烈なヒザ蹴りを彼の顎に叩き込んだ。

手加減はしていたが、ダメージは決して小さくはないはずだった。

だが、ウリアはそのままメレクの銃を持つ右腕をがっちりと抱え込み、背後から斬りかかるアヴェレルの援護を試みる。

メレクは難なくそれを躱すと、アヴェレルの腕を掴んでその勢いのまま岩に叩きつける。

その体表からは、オーバーフローした魔力が緑色の火花となって「バチッ」と音を立て、一瞬だけ放たれた。

凄まじい轟音とともに岩は砕け散り、アヴェレルは大口を開けたまま気絶した。


メレクは右腕に持っていたはずの銃をどうやってか左手に持ち替え、左方から斬りかかろうとするカーメラに対して引き金を引いた。

彼女は、メレクが思っていた以上に派手に後ろへ吹き飛ばされ、地面を転がっていった。


そして、メレクは確かに聞いた。カーメラの腰辺りで何かが弾け飛ぶ音を。


「そんな、馬鹿な……!」


ウリアは混乱していた。自分は確かに目の前の男──メレクの銃を持つ腕に組み付いたはずだった。

しかしその銃は、いつの間にか左手に移っていたのだ。

ウリアはメレクの腕を必死に抑え込んでいたが、逆にメレクに大腿部を踏みつけられ、身動きが取れない。

魔道具の力さえ借りた力自慢の彼が、なおも力負けしているという現実に、普段の傲慢な表情が恐怖と戸惑いに歪んでいった。


その時、痩身のタルマッジが、先ほどのナイフよりも一回り大きなショートソードを手に、メレクの腰を狙って背後から迫ってきた。


メレクは後方に銃を放り投げると、それは水に沈むように静かに消失する。

彼は掴まれた腕でウリアの肩をしっかりと握り、タルマッジの攻撃をウリアを引きずるようにしてかわした。

そしてそのままタルマッジの腕を強く握りつぶす勢いで掴み上げ、先程のアヴェレルと同じように岩壁へと叩きつけた。

再び彼の体から緑色の火花が一瞬散り、消える。

メレクに振り回された勢いでウリアは宙に投げ出され、そのまま地面に叩きつけられた。


即座に起き上がろうとするウリアだったが、背後に回り込んだメレクに首を極められ、膝裏を踏まれて跪かされた。

そのまま意識を刈り取るように絞め上げられる。

これもまた、戦いにおけるセオリーの一つだ。


彼らの一連の攻撃は、検証と訓練を重ねた新しい戦法だと自負していた。

騎士道における正面からの堂々たる戦いという常識に、彼らは敢えて背後からの奇襲を組み合わせ、欺瞞や仲間の犠牲すら辞さない戦術を編み出していた。

光の当たらない境遇にいた彼らにとって、この密命は大きな機会となるはずだった。

それゆえ犠牲を覚悟の上で挑んだ戦いが、全く歯が立たなかったのである。

フードの男は痛みに縛られ、ただ呆然と立ち尽くすことしかできない。


メレクはウリアの首を解放し、ゆっくりと身を起こして残る二人に向き直った。

意識を完全に失ったウリアは、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。

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