第九話 狙撃
この世界でも、一日は二十四時間で構成されている。
これは、十二という数字が多くの約数を持ち、分割に便利であることや天文学的な見地から決まったものである。
地球標準と比べれば僅かに長いものの、その誤差は些細なものだった。
日の出まではまだ二時間。
春の気配が漂い始めたとはいえ、未だ夜明け前の空気は凍てつくように冷たかった。
風が木々の間を抜ける音は、まるで獣の唸り声のような不気味さを漂わせていた。
森の小道を進む、白を基調とした外套で統一された一団。
しかし、その姿はまるで揃わない背丈のせいで、どこか不自然な印象を与えていた。
彼らは慎重に歩を進めながら、足元をランプで照らしている。魔力の節約か、暗視の魔術は使わないようだ。
とはいえ、森の中でのランプの微かな光など、遠目にはほとんど見えない。
現状、小屋まではまだ小一時間ほどの距離がある。
ルアイリと違い、彼らは従者を連れ歩かないだけマシに見えるが、訓練された軍隊のような洗練された動きでは明らかではなかった。
統率が取れておらず、警戒の目配りすら曖昧だ。その高価な装備とは裏腹に、素人集団の印象は否めなかった。
現代の騎士団では、儀礼用でさえ全身金属鎧を身につけることはない。
現在の常識では、防御力を魔術で施すのが一般的だ。
飾りとして金属をあしらった装備も存在するが、それは実戦向きとは言い難い。
その点では、彼らの装備は実戦を意識したものであり、荷物も必要最小限にまとめられていた。
この一団が向かう先で、穏やかな話し合いが待っているようには思えなかった。
「あの間抜けが勝手な真似をしでかしてくれたおかげで、こんな時間に山に入る羽目になるとはな」
先頭を歩く大柄な男が吐き出すように悪態をついた。『あの間抜け』とは、数時間前にメレクに撃退されたルアイリのことだろう。
近くの街から馬車で来たとしても、山に入って歩いた時間を含めれば、三時間以上は経過しているはずだ。
どうやらルアイリはこの場にはいないようだ。
「まあ、そう言うな。その成果で対象には『曰く付き』の護衛が付いている事が分かったのだからな」
最後尾を歩く、フードを深くかぶった少し小柄な男の声は、驚くほどのイケメンボイスだった。
彼だけが漂わせる独特の雰囲気は、この集団の統率者としての存在感を示していた。
「そんな警戒するほどの事かい? 魔道具持ちとは言え、所詮は銃士だろう」
ひょろりとした細身の男が口を挟むと、その隣では、気の強そうな女がうんうんと相づちを打ちながら、
「そうよ! 何なら人を雇って山狩りでもすれば良かったのよ!」
と、キンキンと耳に刺さる女の声を、やけに周囲に響かせた。
隣を歩く長髪の男は、フッと軽く頭を振るだけで何も言わない。女はそれを小馬鹿にされたと受け取り、声を荒げた。
「何よ! 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ!」
「もうよせ」
フードの男が静かに制する。
「元より秘匿任務である以上、領主にも知られる訳にはいかない。どの道我々が直接赴くしかないのだ」
フードの男が静かに仲裁に入る。実に良い声である。
「目的地までまだ少し距離があるが、相手側からの襲撃に備えて、一度休憩がてら戦闘準備を――」
その言葉が終わらぬうち、前を行く長髪の男が『ボン』という鈍い音と共に後ろへ倒れ込んだ。
そして一瞬遅れて、銃声が耳に届く。
音の到達が遅い――超音速弾による狙撃だ。
だが、この時代に超音速弾などは存在しない。
それほどの装備を持つ相手だと、彼らは認識するべきであった。
「狙撃だ! 散開しろ!」
焦りを帯びた指示の声さえも、実にイケメンであった。
「アヴェレル! 大事無いか!」
「あ、ああ、問題ない」
アヴェレルと呼ばれた長髪の男の胸元には、弾丸が転がり落ちていた。
彼は素早く岩壁に身を隠したが、その動きの一つ一つに妙に格好をつけたがる様子に、フードの男は苛立ちを覚える。
「話に聞いた魔力を吸う弾丸か。どこから狙撃している?」
一行は不揃いに散開し、射撃音のした方角から身を隠す。
ある意味、これはルアイリの成果と言えよう。
もし事前情報がなければ、一方的な狙撃で事は終わっていたかもしれないのだ。
一方、彼らから約一キロ離れた高台で、スコープすら使わずに正確な射撃を放ったメレクは、銃から顔を離しながら眉を僅かに寄せていた。
この銃の弾丸は、魔力を吸うなどという御大層な機能は持っていない。
これはもっと物理的な形で、相手を魔力欠乏にすることを主目的として作られているものである。
一度は倒れたはずの標的が平然と立ち上がる様子を見て、メレクはルアイリの情報から何らかの対策を講じられたのではないかと懸念を抱いた。
だが、こんな短時間で対処できるものだろうか。
散開して身を隠す彼らの動きは、騎士らしからぬものの、セオリー通りではある。
しかしメレクから見れば、どうしても貴族のお坊ちゃんたちのごっこ遊びにしか感じられない連携の無さだった。
いずれにせよ、最初から狙撃だけで楽に片付くとは考えてはいない。
メレクは高台からゆっくりと立ち上がり、暗闇の中を慣れた足取りで標的の元へ向かい始めた。
その目には、かすかな緑色の魔力光が宿っていた。
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