第八話 狩りの時間
小屋の外に人の足音を、静かに警戒していたレオはいち早くそれを感じ取った。
彼は椅子に座ったまま、いつでも動けるように腰の剣に手をかけ、臨戦態勢を取る。
こんな辺鄙な場所に建つ小屋に、客が訪れることは稀だろうが、万が一ということもある
やがてドアが開くと、目に入ったのはあのメレクという青年だった。
それを見たレオは、わずかに安堵している自分に妙な気分を感じた。
つい先ほどまでこの青年を強く警戒していたはずなのに。
「ちょっと遅くなったな。鳥が獲れたから、これで夕飯にしようか」
メレクは手に鶏くらいの大きさの鳥を三羽ぶら下げていた。
既に絞められ、血抜きも終わり、羽も丁寧に毟られている。
遅くなったのはそのためだろう。
レオは密告という最悪の事態を想定していたが、それは杞憂に終わったようだ。
「少し心配したぞ。だが、無事で何よりだ」
「おかえりなさい、メレクさん。寒かったでしょう」
女性から優しい言葉をかけられることに慣れていないのか、アティーファの声にメレクは少し戸惑った様子を見せた。
「ああ、何も問題はないよ。三人で三羽は少し多いから、一羽は明日に回して、今日は簡単なものにしよう」
彼は手早く準備を進め、手慣れた手付きで鍋に葉野菜と一口大に切り分けた鶏肉を入れていく。
……ん? 野菜なんてあったか?
と、レオは疑問に思ったが、眠気を伴う疲れからか、もう深く考えないことにした。
グツグツと鍋が煮立つにつれ、調味料の香りが混ざり合い、食欲が湧いてくるのをレオは感じた。
メレクは丁寧に灰汁を取り、手順に従って材料を追加していく。
鍋に蓋をして、その中からコトコトという音が響き、それが何ともレオの心を落ち着かせていった。
王都を出てからというもの、こんなに落ち着く日は一度もなかったことに気づく。
このメレクという青年には、レオにとって不思議な安心感があった。
どれほどの時間が静かに流れただろうか。
メレクは片付けも済まして、鍋から食事を皿に取り分け、テーブルに並べていった。
共通の話題もなく、三人の夕食は静かなものだったが、レオにとってはその静けさが心地良かった。
……だが、メレクには少々居心地が悪い時間だったようだ。
彼にとって、女性とテーブルを共にするのは初めての経験であり、さらにこの胡散臭い『横領聖女』をどう丸め込むか、その思案に暮れていたのである。
皮肉なことに、その横領聖女アティーファもまた、メレクを如何にして取り込むかを考えていたのである。
ある意味、レオだけが純粋であった。
夕食後も特に盛り上がる話もなく夜が更け、アティーファは寝室に一人入り、メレクとレオはそれぞれ床に眠ることとなった。
アティーファは強く固辞したものの、これ以上断ると失礼になると感じたのか、観念して寝室に入っていった。
メレクはレオに毛布を渡すと、自身はかまどの傍らに腰を下ろし、火の番をしながら目を閉じた。
思えば、息つく暇もない日々だった。レオはこの二ヶ月間の旅を振り返る。
幼い頃から王族として生きてきた身には、この歳になって初めて全てを自分でこなす生活は、新鮮ではあったが苦労の連続だった。
人知れずひっそりと終わりを迎える覚悟をしていた。だが、アティーファの境遇を耳にした時、これこそが自分に与えられた人生最後の役割だと思い至った。
彼女を安全な場所へ――。
その重圧が日に日にレオの心身を蝕んでいった。
目の前の青年には、どこかレオの警戒心を和らげる不思議なものがあった。
それが何なのか、レオ自身にも分からなかった。だが最悪の事態には彼にアティーファを託しても良いかもしれない――そんな思いがよぎる。
疲れとささやかな安心感からか、レオは少しずつ睡魔に包まれていった。
まだ夜明けまでには時間があったが、微かな物音に反応して、レオは反射的に目を開けた。
それはちょうどメレクが銃を肩に担ぎ、今まさに扉を開けて外に出ようとしているところだった。
「メレクよ、こんな時間にどこへ行くのだ」
メレクは振り返り、肩にかけた銃を軽く掲げた。
「猟師が鉄砲担いで山に入るってんなら、それは――」
そして彼は妙な迫力で不敵に笑った。
「狩りに決まっているだろう」
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