第二話 不可解な銃

メレクは俯きがちに組んだ手を額に当て、しばし考え込む。

やがて、視線を落としたまま、彼は何かを諦めたかのように小さく息を漏らした。


「……そうか。そちらにも都合があるなら仕方がないな。もう日も暮れる。今日はここに泊まっていくといい」


わずかな落胆を表情に残したまま彼は立ち上がり、かまどの横に置かれた薪を手に取って蓋を開け、そこに薪をくべた。

レオには投入口に蓋があるかまどが妙に奇妙に映ったが、かえって興味を引かれた。

メレクはゆっくりと傍に置かれていた銃を手に取り、薪に向けて静かに引き金を引いた。カチッという音が響く。


レオは目を見張った。

信じられないことに、銃口からシュボッと火が吹き出し、薪に火を付けたのだ。


「な、な、な、何だそれは!?」レオは驚きのあまり言葉を詰まらせた。

「銃だけど」とメレクは当然のように答える。


常に冷静であること――それがレオの人生哲学だった。

だが、未知の状況に直面し、彼は自分の声が上ずっていることさえ忘れていた。


「た、確かに銃なんだろうが……!?」

「銃は銃口から火を吹くもんだろ」

「それは比喩では……、ないのか。何というか、釈然とせん……」


メレクはかまどの蓋を閉め、銃を足元に置くと、空気投入口を調整しながら、気だるそうにレオを見やった。


「俺の遠い故郷じゃ、雑貨屋で売ってる安物の銃はみんなこんなだけど」

「ざ、雑貨屋で!? なぜ銃が売っているのだ!?」レオは驚きを隠せない。

「無いとけっこう不便だろ? ほら、薪に火をつけたり」


メレクが指差す薪は、パチパチと音を立てながら徐々に燃え広がっていく。

平民の常識に疎いレオは、頭を抱えるように考え込み、結局、理解することを諦めた。


沈黙が部屋を満たす。かまどの火がゆらめき、影が壁で踊る。

数分が経過し、レオは視線を戻し、意を決したようにメレクに問うた。


「メレクとやら、もし良ければその銃、少し見せてくれんか」

「別にいいけど」


警戒心もなく銃を渡すメレクに、レオは内心驚きながらも、それを受け取った。


――軽い。信じられないほど軽い。

レオは、そのごつい外見からは想像もできないほどの軽さに驚いた。

だが、驚くのはそれだけではなかった。不自然さは銃の構造そのものにもあったのだ。


本来、銃は泥水に放り込んでも作動するように、また熱膨張も考慮して、ある程度の隙間や遊びが必要だ。だが、この銃にはそれが一切ない。軽く振っても音一つせず、フォアエンドを引いても、驚くほどほどの精度で引っかかりなく動く。最後にパチン、カキンと不自然な音が同時に鳴った。


さらに不可解なのは、螺旋状の溝が美しく掘られた銃口だ。一体どんな技術があれば、このような精巧な加工ができるのか。理解を超えた高度な技術で作られたこの銃を、なぜ平民であるメレクが持っているのか。さらに、銃口の下方に付いている筒状の物体の用途も、レオには皆目見当がつかなかった。レオの混乱は深まるばかりだった。


疑問が膨らむ中、レオは銃をメレクに返した。静寂が流れ、ゆっくりと時が過ぎていく。


それから数分後、床から暖かさが伝わってきた。暖炉の排熱を使って床を暖める仕組みは貴族の屋敷では珍しくないが、こんな山奥の小屋には不自然だ。これをメレクが一人で作ったなら、かなりの技量だろう。彼の銃といい、メレクは一体何者なのか。そんな疑念がレオの心を蝕んでいくが、メレクは気にする様子もなく、淡々としていた。


「暑いようなら言ってくれ。調整の仕方もあとで教えておこう」

「あ、ああ。すまんな」


温度を機械的に調整できる暖炉として使用できるかまど。そんなものは聞いたことがない。レオは眉をひそめ、この状況の不自然さを改めて感じた。

沈黙が数分続き、レオの心はますます重くなる。

自分たちはもう追い詰められているのではないか。最初からこれは罠だったのではないか、と。



部屋が暖まると、アティーファは外套を丁寧に畳み、レオに礼を言って手渡した。

黒髪に深緑の瞳、刺繍が施されたシンプルな黒いドレス。そして、その美しい容姿。すべてがこの場には不釣り合いだ。


そんな彼女はカードの束をテーブルに置き、優雅に微笑んだ。


「私、占いが得意なんです。どうでしょう、試してみませんか?」


メレクは慎重にアティーファとの距離を保ちながら、向かいの席に腰を下ろした。

その距離感にレオは、メレクの呪いへの警戒と相手への配慮を感じ取った。


アティーファは箱からカードを取り出す。

そして華麗にシャッフルするかと思いきや、手が滑り、それらはテーブルに散らばった。

一瞬、二人はこれも占いの一環かと首を傾げたが、彼女は苦々しげに肩をすくめた。


「そもそも、こんな紙切れで何が分かるというのでしょう」


彼女は首を軽く振り、そのまま失敗を誤魔化そうとした。

唖然としたレオを尻目に、「いや下手くそかよ」と思わずツッコミを入れるメレクだったが、しまったと言わんばかりに目をアティーファから逸らした。


「コホン、では冗談はここまでにして、占いを始めましょう」


アティーファは失敗をなかったかのように振る舞い、真摯な眼差しでメレクを見つめた。

メレクは呪いの影響か、平静を装いながらもどこか焦りの色を隠せない。レオにはその微妙な感情の揺れが見て取れた。


「まずは現状から」


そう告げると、彼女はゆっくりと人差し指を立てた。


「一つ。あなたは誰かに追われている」


その言葉に驚いたのはメレクではなく、レオだった。

当のメレクは特に動じた様子もなく、静かに聞き入っている。


アティーファは続けて二本目の指を立てた。


「二つ。あなたには帰る場所がない」


さらに三本目の指を立てる。


「三つ。あなたには、この状況を相談できる人がいない」


彼女は落ち着いた静かな口調で淡々と話し続ける。

そして、四本目の指もゆっくりと立てた。


「四つ。最近、あなたは近しい人に裏切られた」


メレクの眉が一瞬ピクリと動いたのを、レオは見逃さなかった。

占いと称して、誰にでも当てはまるようなことを言う詐欺師もいるが、今の内容は明らかに違う。


この娘は、この短い時間で一体何を感じ取ったのだろうか。

そして、その言葉は真実に近いのかもしれない。


アティーファは穏やかな表情を崩さず、静かに続けた。


「そして、あなたは近いうちに、大切な――そう、長く大切にしていた何かを失うでしょう」


アティーファが意味深にティーカップに口をつける。

メレクは眉をひそめ、一瞬沈黙するが、すぐに皮肉めいた笑みを浮かべた。


「占いと言うには抽象的に過ぎやしないか」

「これは予言ではありませんから」アティーファは肩をすくめ、柔らかく答えた。


メレクは腕を組み、少し顔をしかめながら、冗談めかして続けた。


「欠損した四肢すら再生する教会でも老化には無力という。ならば再生できない髪でも失うのかな」

「まあ、何か思い当たることが?」アティーファは興味深そうに尋ねた。

「あるように見えるかい?」

「いいえ、


二人の視線が絡み合い、緊張が静かに漂う。微妙な距離感を保ちながら、互いの出方を探っているかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る