第23話

身なりを整えて部屋を出ると、少し先の部屋から見覚えのある二人が目に入る。



後から出てきた男が、女の腕を掴んで引き寄せてキスをする。



驚きに目を瞬かせていると、目が合う。



「おっと」



「渚那、誤解しないでよ、一回ヤっただけだから」



そんな当たり前みたいに言わないで欲しい。さすが清香というか、なんというか。



「酷いなぁ、俺はこれっきりにするつもりないんだけど」



そう言った洸弥さんに、うんざりしたように「冗談でしょ」と清香はため息を吐いていた。



その後は、壇上でお義父さんが挨拶をして、清香がその細い体のどこに入るんだと聞きたくなるくらい、物凄い量を食べていた。



洸輝は洸弥さんと少し離れた場所で誰かと話をしている。



「ねぇ、君、一人?」



背後から声を掛けられ、振り返る。



少し大人のインテリという印象の男が、爽やかに笑っている。



私は連れがいる事を言って断るけど、一人にするような男がどうとか言っている。



少し、疲れてきた。



「はいそこまで。あんたやめときなよ。この子の彼氏、怖いからさ。人生、ここで終わりたくないでしょ?」



脅すようにフォークを男の顔に近づけて笑った清香に、男は咳払いを一つして去っていく。



「あんたも食べる? この肉すっごい美味しい」



そう言ってお肉を一つ刺して、私の口に向けて差し出した。



それを口に入れて味わう。さすが高そうなお肉だ。美味しい。



二人であれが美味しいこれが美味しいと言っていると、私のフォークに刺さった料理が消える。



「ん、美味いね、これ。さすが父さんの舌にかなっただけの事はある」



洸輝が口をモグモグさせながら、満足そうにしている。



久しぶりに可愛い顔を見た気がする。



無邪気で、年下らしい顔。



「清香、俺にも食わしてー」



「……はぁ? 嫌。自分で食え」



氷点下な清香と、それに負けないメンタルで立ち向かう洸弥さん。



なかなかいいコンビで、笑ってしまう。



そして、改めて知った。



洸輝の世界は、凄く大きくて、私にこんな場所でやっていけるだろうかと。



正直、自信なんて全くない。



私には洸輝さえいればよくて、洸輝もそう言ってくれるけれど、でも、周りをみればそうはいかないのが、嫌でも分かってしまう。



「渚那ちゃん、大丈夫? 疲れたでしょ?」



「ははは、少しだけ」



「洸輝がいる場所はさ、欲にまみれた大人ばっかで、父さんの一言で莫大な金が動いて、小さな会社なんてすぐ潰れてなくなるような、そんな場所。もちろん、父さんは酷い事をするような人間じゃないけど、せざるを得ない時だってある」



初めて見る洸弥さんの真剣な様子に、私は息を飲んで黙ったまま聞いている。



「だからさ、小さな時から下心丸出しで擦り寄ってくる大人や女ばっか見て育ってきてるから、まぁ知ってるだろうけど、洸輝はどっか歪んでんだよな。……俺もね」



自傷気味に笑う洸弥さんが、少し離れた場所にいる洸輝を見て続ける。



「俺はこの汚い世界に君を引き入れる事に賛成はしてない。でも、もし君がそれでも洸輝の為に自らこんな世界に来てくれるっていうなら、洸輝の傍にいてやって欲しい。あいつはさ、多分、君がいるから今の洸輝のままでいれるんだと思う。君への執着はすげぇもんだって分かるし、君がストッパーなんだと思うしさ。君がいなくなったら、あいつは多分、昔のあいつに戻るんじゃって。いや、壊れちまうんじゃねぇかって……正直、怖いよ」



少し不安そうに小さく呟いたのは一瞬で、それは消えてまた真剣な顔に戻る。



「今はああやって君にだから笑ったり、優しくしたりしてるけど、昔のあいつは、今のあれが嘘みたいに滅多に笑わなくて、女を含めて人を簡単に寄せ付けなくて、冷えてるっつーか、人間かよって思う時もあったくらい。女遊び激しい俺の事もゴミを見る目? みたいな感じで嫌っててさ、今なんかまだ俺の扱いも優しい方だよ? 多分全部君のおかげなんだよ」



人間らしくなった。そう笑った洸弥さんは

どこか少し嬉しそうで。洸輝の事を凄く思っているんだと分かる。



だからみんな〝あの〟って言ったんだ。



今の洸輝は別人みたいだと、前にお義母さんが嬉しそうに言った事を覚えている。



一人の人間をそこまで変えてしまうこの世界が、私は恐ろしくて、でもそんな世界に洸輝を一人にするなんて事もできなくて。



「あんまりこういう事言いたくねぇんだけどさ。一人の人間の人生を縛り付けるんだからね。あくまでも、君の意見は尊重するよ。洸輝は手放すつもりはないんだろうけどな。俺も君には洸輝の隣にいてやって欲しいって、思う。洸輝を、救って……守ってやって」



そこには、お兄さんの顔をした洸弥さんが笑っていた。

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