第19話

おかしい。



最初の頃の洸輝は、最近あまり顔を出さなかったのに。



今私の首筋に顔を埋める彼は、これでもかと言う程、荒い呼吸を繰り返していた。



「あぁぁー……可愛いなぁ……渚那ぁ……はぁはぁはぁ……いつも可愛いけど、今日の渚那は一段と可愛いぃ……はぁはぁ……」



彼氏の家に行くのだから、少しは綺麗な格好をと言う事で、幼なじみの友人と新しい服を買いに行って、洸輝が好きなワンピースを選んだのは、正解だったのか間違いだったのか、今となってはよく分からない。



豪華な門を潜り、綺麗な装飾がされた家へ迎えられ、客間で2人きりになった所で、隣に座った洸輝が突然私の首筋に顔を埋め、今のこういう状況になっていた。



「みつ、きっ、ちょっとっ……」



「渚那渚那っ、可愛いよぉ……今すぐ渚那の中に入りたいくらいっ……はぁはぁ……」



必死に抵抗する。馬鹿力な洸輝に勝てないのは分かっているけど、彼氏の家に挨拶に来ているのに、この状態は非常にマズい。



「あーあー、全く、こんなとこでも盛るとか、お前の性欲は一体どうなってんだよ。彼女さんも大変だねぇ」



「まぁまぁまぁっ! こちらがあの洸輝君がメロメロだっていうっ!? あらあらあらっ!」



呆れた様子の洸弥さんの後ろから、高く透き通るような声を上げて近づいてきた女性。



洸弥さんに似ていた。パッチリ二重で、クリっとした黒目がちの大きな目が印象的な、可愛らしい美人な女性。



「初めまして、私洸弥の母の小雪です。渚那さんだったかしら、よろしくね」



グイグイと来られて、私の手を取って目をキラキラさせながら洸弥さんの母――小雪さんが笑顔で言った。



また〝あの洸輝〟って言った。



この人達の前で、洸輝は一体どんな顔をしているのか。気になって仕方ない。



「洸輝君一体いつこんな可愛らしい子と知り合っていたの? もっと早く連れてくればよかったのにっ! キャーキャー、さすが若いわー、お肌が綺麗ーっ!」



物凄いテンションで食いついてくる小雪さんに、どうしていいか分からず困っていると、背後から声がかかった。



「小雪さん、少し落ち着きなさいな。渚那さんが困ってるわ」



声のする方へ顔を向けると、そこには洸輝そっくりな女性がいた。



タレ目がちで、目にある泣きボクロが色っぽくて、可愛い印象の小雪さんとは別の、大人で綺麗な女性。



「母さん」



いつの間にか離れた洸輝が立ち上がる。私も同じく立つ。



「いらっしゃい。とりあえず座って」



優しく微笑む洸輝のお母さんに促され、私達はそれぞれソファーに腰を下ろした。



用意された紅茶を一口飲み、姿勢を正す。



「渚那さんね。初めまして、洸輝の母の紫乃しのです。よろしくね」



そう微笑む洸輝のお母さん――紫乃さんは、凄く綺麗で、見惚れてしまう。



「洸輝がこんな可愛らしいお嬢さんとお付き合いされてるなんて。彼女がいると聞いた時はびっくりしたわ。まさかあの洸輝がってね。毎日毎日惚気られて大変だったけど」



紫乃さんまであの洸輝と言う。



洸輝自身も女の影がないって言っていたから、そういう意味なのか。



「母さんには、ちゃんと彼女の可愛さとか良さを知ってて欲しいから。父さんに会わせるのは、正直気が引けるけど」



最後の発言に、洸輝と私の二人以外が吹き出した。



「お父さんにまで嫉妬だなんて、洸輝君可愛いわねぇっ!」



「まぁ、あの親父相手じゃ仕方ないけどな」



「さすがのお父さんも、息子の彼女に手は出さないわよ」



いい家族。そう思った。



洸輝が言うには、元々お金持ちの家で育ったのは小雪さんだけで、自分達は普通の家庭だった。だから金持ちだとかそういった偏見はないのだとか。小雪さんとお父さんは幼なじみで、自然と惹かれあって結婚した。



元々モテていて、女性関係が派手なのも知っていて結婚した小雪さんは、お父さんの女性関係を承知しながらも、最後は自分の元に戻るお父さんを、寛大に許していた。小雪さんにもお父さんは大きな愛を持って接していたのだとか。



しかも、紫乃さんはお父さんが口説いた女性の中で唯一揺るがなかった女性。どうしても紫乃さんを手に入れたいお父さんは、ありとあらゆる方法と、物凄い時間をかけて口説き、やっと手に入れた女性だったから、お父さんにとって最後の女性になり、大切にしているのだとか。



私には分からない世界。でも、この人達の中では、ちゃんと成立していて、そういう大人の事情があるんだと理解する。



私にはできないけど、凄い事なんだと思った。



小雪さんは、許すのもまた愛だと言った。色んな愛の形があって、人を愛する事を止める事はできないのよ、と笑った。



「そろそろ来てもいい頃なんだけど、あ、来たわ」



振り返ると、息を飲んでしまった。



スラリと長い足を動かしてこちらへ歩いてくる大人の男性。



凄く、いい男だと思った。



これはモテるの当たり前だ。歳を感じさせない色気と、大人の渋さ、妙に若さもあって、キッチリ高そうな服に身を包んだその人は、完璧だと言わざるを得ない。



「おや、物凄く美人なお嬢さんがいるね。洸輝のパートナーでなければ、すぐにでも口説いている所だ。洸輝の父の静です。どうぞよろしく、美しいお嬢さん」



そういった洸輝のお父さん――静さんは、自然な動きで私の手を取り、慣れたように手の甲に口付けた。



素早くその手が洸輝によって戻される。



「おっと、これはこれは。珍しい事もあるものだ。そんなにその子が大事かね?」



「当たり前だろ。ずっと俺の腕の中に閉じ込めておきたいくらいだ」



私の手の甲を拭きながら「こんな事、父さんじゃなきゃ殺してる」と物騒な事を言った。



苦笑しながら静さんは小雪さんと紫乃さんの間に腰を下ろした。



そこから、どうやって出会ったかとか、どんな風に恋をしたかなど、色々質問攻めに合った。

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