第12話

いつもより遠回りで、少し賑やかな繁華街を歩いていた。



一人の部屋に帰るのを、少し遅らせたかった。ただ、それだけだった。



まだまだ学生達の姿がたくさんある。私がここにいても違和感はなく、馴染んでいる。



「……あれ? 渚那?」



前から歩いてきた他校の男子生徒。



一瞬誰だか分からず、首を傾げる。



「まさか、覚えてなかったり? マジか。初彼忘れるとか、ほんとお前なんなわけ?」



そうだ、思い出した。たいして好きでもなかったから、忘れていた。



「付き合ってた時から冷めてて、俺にも興味なさそうだったし、つまんなそうにしてたもんな。そりゃ、覚えてねぇか」



嫌味を言っているらしいけど、正直どうでもいい。洸輝以外の男なんてどうでもいい。



近くに来た男が、私の顎を掴み、顔を上げさせる。



「でも、やっぱ相変わらず顔とスタイルだけはいいんだよな、お前。別れる前に、一回くらいはヤっときゃよかったわ。てか、今でもいいからさ、ヤらしてよ」



この男は何を言っているのか。気持ち悪い。



「彼氏いても、どうせさほど好きでもねぇんだろ? ならいいじゃん」



そう言って手を引かれる。



抵抗しても、ビクともしない事に、血の気が引く。



「渚那?」



声がして、足を止める。



制服ではなく、スーツを着た洸輝がいた。



「それ……誰?」



「あれ? もしかして、今彼? 初めまして、俺コイツの初彼だったもんで。今たまたま会って懐かしくなっちゃって」



やめて。そんな事、洸輝に聞かせないで。



私の肩に腕を回してにこやかに話す男に、私は俯くしか出来なかった。



洸輝がどんな顔をしているのか、見れない。



「そうですか。まぁ、そんな事どうでもいいんですけどね、興味もないんで。とりあえず、その人俺のなんで、汚い手で触らないでもらえますか?」



「何?」



「汚い手を、離せって言ってるんですよっ、日本語分かります? 早く……離して、くれないと……俺、あんたを殺しちゃうかも……」



いつの間にか私達の前にいた洸輝が、男の腕を掴んでいた。



ギリギリという音が聞こえそうなくらいに、強く握っているのが分かる。男の顔が歪み、苦しそうに呻く。



洸輝の顔は、いつもの面影など全くなく、別の誰かなんじゃないかって思うほど恐ろしくて、私は固まってしまった。



「わか、わかった、からっ、離せっ!」



腕を離すと男は走り去ってしまった。



固まる私に、洸輝の視線が向けられる。



冷たい目。今までこんな目を向けられる事なんて、なかったのに。悲しくて、怖くて、どうしたらいいか分からない。



「何他の男に触らせてんの? 渚那は、俺を怒らせたいの? 俺が笑って許すって思ってたの? 初彼? 知らねぇよそんなの。何? まだ好きなの? もしかして、俺に好きって言ったのは嘘で、俺で遊んでさ、アイツと影で会ってたわけ?」



「洸輝っ、ちがっ……」



「言い訳とかいらねぇ。来いよ……」



手首を捕まれ、引きずられるように歩かされる。



怒らせてしまった。私がちゃんと抵抗しなかったから。



まるで別人のような洸輝に、私は何も出来ずについて行くしかなかった。



嫌われた? 捨てられるの?



そう思うだけで、涙が止まらない。



知らない車の後部座席に乗せられる。



「泣いても許さないから」



洸輝はこちらを一瞥しただけで、それ以降はこちらを見る事すらなく、ずっと黙ったままだった。

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