第二章
第6話
自分から求めたはずなのに、一度触れてしまったら、あの大きな腕の温もりを知ってしまったら、欲張りな私はもっと欲張りになってしまう。
抱きしめられてから、私は彼と今以上に距離を持つようになった。
お互い、暴走しないように。
しかし、困った事に、今日は洸輝の誕生日だったりする。
さすがに無視するのも可哀想だし、私自身何かしてあげたいと思う。
困った……。
相変わらずの熱い視線を感じながら、私は廊下を歩いている。
ゆっくりとついてきている彼の方を、くるりと振り向いた。
「ねぇ、何か欲しいものとか、して欲しい事ある?」
突然話しかけられ、洸輝はビクリと体を震わせた。
「……え、え、えっ……」
意味が分からずポカンとしている洸輝に、少し距離を詰めて言う。
「誕生日プレゼント。何がいい?」
私の言葉に目が飛び出るのではないかというくらいに、目を見開いて驚く。
「私にできる事ならできる限りするから、考えておいて」
そう言って、固まっている洸輝を残し、また歩き出す。
何を言ってくるのか楽しみでもあり、怖くもある。普通の言葉が返って来る事は多分ありえない。
授業に集中出来ず、窓の外を見る。
静かにゆっくり時間が流れ、放課後がやってくる。
先生に頼まれた片付けが少し長引き、終わったのは夕日が沈み始めた頃で、教室へ戻ると、私の机に頬擦りする洸輝を見つける。
その光景をただ黙って見つめる。
「はぁはぁ、先輩っ、はぁっ……」
「待ってたの?」
自分の世界に夢中で、声をかけられると思っていなかったのか、ガタガタと他の机を歪ませる程、体全体で驚きを表す洸輝。
「プレゼント、決まった?」
距離を縮め、背が高い洸輝に視線を合わせるようにするには、自然と上目遣いになる。そして、首を傾げて問う。
顔を赤くしながら、答えに困ったような顔をしながらも、何かを言おうと口をパクパクしている洸輝の答えをただただ待つ。
「……あ、あの……たた、たくさん、ありすぎ、て……決めれ、なくて……」
「じゃ、とりあえず全部言ってみて。叶えられそうなのがあれば、それにするから」
少し微笑むと、洸輝は目を泳がせる。
「っ、じ、じゃぁ、その……まず、先輩、の写真……欲しぃ……のと」
「うん」
「えと、あの……先輩っ、を……さわ、触りたい……」
「うん」
洸輝はありとあらゆる願いを口にしていく。想像してたよりレパートリーが多くてびっくりする。
私の写真が欲しい。私を触りたいから始まり、私の匂いを嗅ぎたいだとか、とりあえず私関係の願いばかり。
予想はしていたけど、さすがに全てが私に関する事だとは。
どれも叶えられない訳じゃないけど、と考えていると、最後の願いであろう言葉に絶句する。
「先輩を……抱かせて、欲しい……あぁ……言ってしまったっ……」
真っ赤になり、いつもより更に荒い呼吸を繰り返し、両頬を両手で覆う。
「あ、でも、最後のはっ、欲張りっ……すぎかな……へへへ」
「……そう。さすがにまだ抱かせてはあげれないから、そうね……じゃぁ、それ以外全部、していいよ」
ダメだ。私の方が我慢効かなくなってる。もう誤魔化せない。
洸輝に……求められるのが嬉しい。
洸輝に……触って欲しい……。
もう、私の世界に洸輝がいない未来など存在しないんだ。
洸輝と出会う前。私はどうやって息をして、どうやって過ごしていたかすら、もう思い出せない。洸輝がいる日々が当たり前で、心地よくて、幸せだから。
依存。
それでもいい。私は、もう洸輝のいなかったあの日には、戻れない。
なのに、まだ体を許すのが怖いのは、私が臆病だからだ。
目の前でまた固まる洸輝の手を取り、口を開く。
「場所、変えるよ」
いまだ固まる洸輝の手を引き、私は歩き出した。
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