第2話

昼休み。いつもの空き教室でお弁当を広げる。



相変わらず熱い視線、荒い息遣いは健在。



「はぁ、はぁ……あぁ〜、先輩、今日も凄〜く可愛いですねぇ……」



「ありがとう」



「どうにかしたくてたまらないです……っ」



うっとりしながら興奮してるのがよく分かる、熱を帯びた顔で私の前の席にこちらを向いて座る男。



艶のある黒髪に優しそうなタレ目、ガタイが良く、長身な彼は普通の身長の私と並んでも大きくて、威圧感があった。



でもやっぱり怖くなくて。



それは彼が無害だと知っているから。



私が触るなと言えば触らないし、近づくなと言えば近づかない。見てるけど。



私に酷い事をすることはなく、ただ毎日こうやって時間になると私のそばに来て、ずっと見つめて興奮しているだけ。



「はぁああ〜……もうほんとに、なんでそんなに可愛いんですかぁ……あ〜、触りたい……」



「可愛くはないよ。触らなくていいから」



黙々とお弁当を食べながら、彼の話を受け流す。これもいつもの光景。



「……先輩……好きすぎて、おかしくなりそうだ……はぁはぁはぁ……」



「わかってるからちょっと落ち着きな。あ、お弁当足りる? おかずいる?」



「おっ、おかずっ!? いいんですかっ!?」



荒い息が、一段と荒くなる。絶対話が噛み合ってない気がする。



「じ、じゃぁ、先輩の写真をっ……ぅっ……」



嬉しそうに、恥ずかしそうな顔で言った後、自分の股間に手を当てる。



「か、考えただけで……はぁはぁ……」



「そっちのおかずじゃない。お弁当のおかず」



あくまで冷静に。彼のペースに巻き込まれてはならない。



彼は可愛い後輩で、大事。だけど恋愛のそれじゃない。



そう、この関係はちょっと変わってる。いや、だいぶ変わってる、か。



友達は言う。『なんであんなキモいのと一緒にいんの? 危ないじゃん』と。



危険はない。今は。私が触るなというから。どんな時でも触らず見てるだけ。



彼は私に嫌われる事が、何より1番の絶望だと言う。だからこそ、私が嫌がる事は絶対しない。私の言葉が絶対なのだ。



気持ち悪くもない。好意を向けてくれるのは普通に嬉しい。



確かに私は、おかしいのかもしれない。



でも彼がどれだけ私を大事にしているか、愛してくれているか、知っているから。



彼は、私の為なら命すら投げ出すのだろう。私のせいで死なれるのは困るけど。これだけあからさまな愛を受けるのは、悪くない。



私も大概狂ってるな。



―――ガラッ。



不意に扉が開く。現れたのは、同じクラスの男子生徒。



「あ、いたいた、香山さん」



名前を呼ばれ、私は立ち上がりそちらへ行く。



「次の授業の準備俺らだから、少し早めに帰ってきてもらっていいかな? 10分前くらいでいいから」



「分かった。わざわざありがとう」



そう言って笑った私の前で同じように微笑む男子の笑顔が固まる。



理由は簡単。



私の可愛い後輩が、原因。



「……むちゃくちゃ睨まれて、いや、睨まれてる……のか? とにかく目が怖いから、殺される前に行くね……」



苦笑する男子に謝罪を入れ、去っていく男子の背中を見送る。



横目でチラリと盗み見ると、明らかに光を失った目がある。机の一点を見つめ、ブツブツと「消さなきゃダメかなぁ……」とか危ない事を呟いていたので、座りながら諌める。



「こら、いちいち一人一人にそんな事言ってたらキリないでしょ。やめな」



泣きそうな、なんとも言えない顔でこちらを見る。



「捕まったら、もう一緒にいれなくなるよ。いいの?」



その言葉に「見る事だって無理になる」と言う言葉を付け足す。彼の目が段々大きく見開かれ、ガタガタと音を立てて椅子から飛び上がり、私の隣に座り込む。



「そ、そそそそそそ、それは嫌だっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! もう消すとか言わないですっ! 俺を嫌わないで、捨てないでっ!」



捕まるより、私を見ることが出来なくなる方が怖いようで、どこまでも必死で涙を溜めながら縋り付く。でも触らないのは相変わらず。



青くなる彼の頭にそっと触れる。



大きくて綺麗な目がまた見開かれ、涙が零れる。



涙まで綺麗で、零れる涙を拭ってやる。



「そんなに謝らなくても嫌わないよ。安心しな」



そう言って微笑むと、彼の顔が青から赤に変わり、また興奮したそれに変わる。



「せ、ぱぃが……さわっ、俺に、え? 頭、なっ、ど、え?」



「落ち着きな」



「だめ、だ。これは、ダメ……先輩が、俺に触った……ああぁ、はぁはぁっ、ああ、先輩、ごめん……我慢、できないっ……」



そう言って、自分のズボンのチャックに手を伸ばす。



初めて見る光景ではないので、私は特に驚かない。



「ぁっ……先輩っ! 先輩っ! 好きっ! 愛してる愛してる愛してるっ……はぁあっ、はぁぁっ、はぁっ……」



たまに興奮が一定の量を超えると、自らを刺激しながら私に愛を囁くのだ。



あくまでもこれは、私に触れられないからであって、私が許可すれば、私にこのありったけの愛情が注がれるのだろう。



それは正直まだ受け入れられない。



受け入れてしまったら、彼は私を抱き殺すまでやめないだろうから。



まぁ、殺しはしないけど、瀕死にはなる気がする。さすがの私も、まだ死にたくない。



興奮でおかしくなった彼が1人で自身を慰めているのを、ただ見ていた。



私に見られながらするのがいいらしい彼は嬉しそうに「先輩が俺を、見てるっ……」と快感に歪む顔を笑みに変える。



「名前、呼んでいいよ……」



「っ!? あああぁっ、はぁはぁっ、あぁ……さ、渚那っ、ぁ、渚那渚那渚那渚那っ……」



洸輝みつき、可愛い……」



耳元でそう囁けば、彼の体が激しく波打つ。これは最近分かった事。



「ぃ、くっ、あぁっ! 渚那っ! 渚那っ! はぁああぁぁっ!」



可愛い後輩――洸輝は、お構い無しに声をあげ、うっとりと、どこか嬉しそうに達した。



これだから、洸輝といるのはやめられない。



彼より、私の方が重症かもしれない。



洸輝の熱く火照った頬に指を滑らせ、私が小さく達した事を、目の前で荒く熱い呼吸を繰り返している、可愛くて愛おしい後輩君は知らない。

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