第64話 ラスト

「本当に大ファンです! 本当に、本当に、こんな光栄なことが……」

「ちょっと待って……」


 俺は額に手を添える。

 どういう状況だ、これは。

 ダンジョンの管理者?

 そんなものが、いるわけ——


(ない、とは言えないよな……)


 俺は白い空間を見回しながら思う。

 ただわからないのは、この子が本当にダンジョンの管理者だったとして、なぜ俺の前に姿を現したのか、という点だ。


「えっと……。君の名は?」


 そもそも『君』なんて呼んでいいのだろうか。

 ダンジョンの管理者が、どういう立場なのかわからない。

 人間よりも上位の存在だとしたら、機嫌を損ねてしまうかもしれない。


「名?」


 少年がキョトンとする。


「ボクに名前はありません。あるのは役割だけです。なので好きに呼んでください」

「好きにって言われても……」

「ボンクラでもクズでも役立たずでも無能でも、ジロー様のお好きなように!」

「卑屈すぎない?」


 なんかすごいへりくだってくるし、上位の存在と言うわけではないのだろうか?

 性別もよくわからないし……。

 黒髪のボブヘアーで、男の子にも女の子にも見える。

 それでいったら人種もよくわからない。


(そもそも性別や人種なんてあるのかな?)


 ダンジョンには地域性がある。

 ポリコレの蔓延はびこるアメリカだから、もしかしたらこの子も、多方面に配慮している可能性が……。


(なら俺がそこに触れるわけにはいかないな……)


 藪蛇やぶへびになってしまう。

 俺は少し考えてから、


「じゃあ、ラストとか?」


 と言う。


「ラスト?」

「ラストヘイブンだから、ラスト。そのまんまだけどね。でも名前がないと不便だし」

「まさか、ボクの名前ですか!?」

「あ、気に入らないなら、別の……」

「とんでもない! ああ、こんなどうしようもないボクに、そんな素敵な名前をつけてくださるなんて……」

「だから卑屈すぎるって……」


 ここまでじゃないけど、俺もたまに自虐をしてしまうことがある。


(こんなに反応に困るんだ……。やめよう……)


 管理者のふり見て我がふり直す俺だった。


「それで、ラストさん」

「ボクに敬称など不要! 呼び捨てでお願いします!」


 侍の名乗りみたいに堂々としている。

 ここまでくると一周回って清々しい。


「じゃあラスト。さっき『助けてください』とか言ってたけど、どういうこと?」

「そのままの意味です。ダンジョンの運営が、全然うまく行っていなくて……」


 ラストはゲンナリとした顔をする。


「なんかやばい連中にダンジョンを占拠されて、好き勝手されるし……」

「ああ……」


 管理者の役目がどんなものかは知らない。

 それ以前に、ダンジョンの存在意義すらわからない。

 でもこのラストヘイブンダンジョンの現状が、健全ではないのはわかる。


(そりゃ卑屈になるわけだ。こんな状況で、自信なんて持てないよな)


 同情と親近感を覚える。


「でもだからって、どうして俺に。他にいくらでも、頼るべき相手は……」

「なにを言ってるんですか! ジロー様しかいません!」


 ラストが食い気味に言う。


「知識の豊かさ、洞察の鋭さ、発想の自由さ、なにより——ダンジョンへの愛! あなたは特別な存在です!」

「いやいや、大袈裟だって」


 とはいえ、褒められて悪い気はしない。

 まあ相談くらいは乗ってあげてもいいかな、なんて気分になってくる。

 でも……。


「本当にボクは、最初からダメダメなんです……。ラストヘイブンの住民が、ダンジョンに住み着いちゃって、全然攻略しようとしないし……」


 その言葉を聞いて、俺はハッとする。

 そうだ。

 ここは『忌み地』とまで呼ばれるダンジョンなのだ。

 その原因になったのは……。


「まさか、あのダンジョンエラーは、君が……」

「そうですね。ダンジョンエラーって呼び方は、ボク的にはいまいちピンときませんけど」


 こんな子供が——

 あの惨劇を引き起こしたのか。

 それも悪びれたふうもなく。


「……なんとも思わないの?」

「え?」

「大勢の人が死んだんだよ」

「それは……」

「君にとっては、厄介な害虫を駆除した程度の認識なのかな」


 ラストが青ざめる。


「違うんです! 本当に、あんなことになるなんて……」

「どういうこと?」

「ボクは魔物を操るのが——ダンジョンエラーを起こすのが苦手で……。本当に、ちょっと刺激して、敵愾心てきがいしんを煽って、それが攻略のモチベーションになればって、それだけだったんです。でも魔物が全然いうことを聞かなくて、あわあわしているうちに、あんなことに……」

「…………」

「本当に、あそこまでするつもりはなかったんです! 信じてください!」

「……俺が聞いてるのは、そういうことじゃないよ」

「え?」

「あそこまでするつもりはなかったとしても、大勢の人が死んだのは事実だろ。そのことに心を痛めないのかって聞いてるんだ」

「それは、もちろん……」


 ラストは口をもごもごとさせて、必死に何かを言おうとしていた。

 でも結局は俯いてしまって、


「……わかりません」


 と言った。


「後悔はしています。でもそれは、人が離れていってしまったことへの後悔で、死んでしまった人への申し訳なさとか、罪悪感とかってわけでは……」

「……そう」


 俺は理解する。

 やっぱり、この子は人間ではないのだ。

 どれだけ見た目が似ていようと、根本的に違う生き物なのだ。


(でもだからって、ラストを悪者扱いはできないよな……)


 それはきっと、種族の違いによるものだから。

 軒下のきしたの蜂の巣を駆除して、心を痛める人がどれくらいいるだろう。

 むしろ誤魔化したりせず本心を打ち明けるところに、ラストの性質が現れている気がする。

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