第65話 優先順位
それからもう一つ、どうしてもスルーできない問題がある。
「じゃあさっきのも、ラストがやったんだね」
「それは、あの……」
最初のハイテンションはどこへやら、すっかり
ちょっと気の毒にも思ったけれど、無視できる話題ではない。
「どうしてもジロー様と、お話がしたくて……」
「理由になってないよ」
「その……。ボクがしていることは、ルール違反なんです」
「ルール?」
「はい。だからどうしても、二人きりになりたくて」
「だからダンジョンエラーを? そんなことしなくても、そのうち一人になったかもしれないのに」
「それは、そうですけど……。でもその保証はないし、こんなチャンス……。それにジロー様ならあの程度、なんてことないと思って」
「あの場にいたのは俺だけじゃないだろ。戦えない人が二人もいたんだ。それに俺の妹だって、あの中に」
ラストが目を見張る。
「ジロー様の妹様もいたのですか!? 申し訳ありません! そんなこと、つゆ知らず……」
「…………」
そこじゃないのだ。
やっぱりどこかズレている。
「それに……。あの場には、
「憎きあの女?」
「アマンダ・D・ホプキンスのメス豚野郎のことですよ! あいつ……。好き放題振る舞いやがって……」
「メス豚野郎って……」
人間なら誰でも敬うわけではないようだ。
(まあ、アマンダさんはそうだよな……)
ダンジョンをほぼ私物化しているのだ。
そりゃ怒るに決まっている。
「それこそ、ダンジョンエラーを起こそうと思わなかったの?」
「それは、ほら。一度失敗しちゃってるので……」
「なのに今回は実行したんだ」
「だから、それは、その……。ジロー様だけじゃなく、メス豚もいたので、大丈夫かなって……」
「逆じゃない? 俺やアマンダさんに合わせたなら、他の人がより危険になるじゃないか」
「で、でも! 攻撃しろとは命じていません。分断するのが目的だったので……」
「さっき自分で、ダンジョンエラーを起こすのが苦手って言ってただろ。それで惨劇が起きたんじゃないのか」
「うぅ……」
俺は嘆息する。
ここでラストを責めても意味がない。
「俺は、みんなのところに戻るよ」
「そんな……」
ラストが捨てられた子犬のような顔になる。
「みんなの無事を確認しない限り、話もできない」
本当は、聞きたいことだらけだ。
ルールとはなんなのか。
ダンジョンの目的は、その存在意義は。
いや、そもそも——。
(……今は後回しだな)
俺はダンジョンに戻ろうとする。
その背中に、ラストが声をかけてきた。
「本当に、申し訳ありません。ジロー様を怒らせるつもりじゃ……。ただ、力になってもらいたくて……」
「……謝らなくてもいい。俺は別に、ラストが悪いとは思ってない」
本当に困っているのは伝わってくる。
ルールを犯してまで、俺に頼ってくるくらいなのだから。
UDに占拠されて、いつでもダンジョンエラーを起こす機会はあったはずだ。
でも過去の失敗から学び、そうしなかった。
それが実利に基づく後悔だったとしても、反省しているのは事実だ。
そのことには好感すら覚える。
「でも悪くなかったとしても……。もしみんなの身になにかあったなら、君は俺の敵だ」
そう言い残し、ラストの返事も待たず、ダンジョンに戻る。
「さて……」
とりあえず別荘を目指そう。
八階層にあることは知っているし、別荘を建てられる場所なんて限られている。
それでも辿り着くまでには、それなりに時間がかかってしまうだろう。
そう思ったんだけど……。
ダンジョンを進んでいると、ステンドグラスのような綺麗な羽を持つ小人が、俺を待ち受けていた。
ティンカー・ベルだ。
魔物や魔獣とはまた別に、
妖精は多種多様で、世界各国、どこのダンジョンにも存在する。
日本だと『コロポックル』や『小さなおじさん』が有名だ。
戦闘能力はまるでなく、ほとんど人前に姿を現さない。
役割は、地上の昆虫に近い部分があった。
生態系を支える……。
要するに、他の魔物に捕食される運命だ。
後は死んだ魔物を食べて、ダンジョンを清潔に保ったり……。
そんなシビアな現実があるのだけれど、可愛らしい見た目のおかげで愛好家が多かった。
どこのダンジョンパークにも、一つは見世物小屋が存在する。
そんなティンカー・ベルが俺の周りを、踊るように飛び回る。
それからダンジョンを進み、五メートルほど前でこちらを振り返った。
(……道案内か)
特に拒絶する理由もないから、素直についていった。
おかげで無駄な時間を使わず、別荘に着くことができた。
そうやって、みんなの無事を確認できたんだけど……。
(マジでどうしよう……)
こんな重大なことを、黙っていてもいいものだろうか。
ラストは『ルール違反』だと言っていた。
詳しいことはわからない。
でもきっと、人類とコンタクトを取るのは、ダンジョンの管理者にとってタブーなのだろう。
メリットデメリットを天秤にかけ、ダンジョンエラーを起こしてまで、俺に接触してきた。
(一人なら許されるって話ではないと思うけど……。でも複数人と接触するよりは、マシってことなんだろうな)
ルールがあるなら、当然、罰もあるはずだ。
俺がみんなに打ち明けてしまったら、ラストにはどんな罰が……。
気が引けるのは事実だ。
でも正直に言って、俺がラストに肩入れする理由はなかった。
世間に公表するかは別にして、ダンジョンエラーに巻き込まれたみんなには、知る権利があるはずだから。
どちらを優先するかなんて、最初から決まりきっている。
でも……。
(一体、どう説明すればいい……?)
ありのまま、今起こったことを話すか?
ダンジョンの外壁が崩れ、真っ白い空間に繋がった。
そして『ダンジョンの管理者』を名乗る子供が現れた。
その子の目的は俺と接触することで、ダンジョンエラーはその子供によって引き起こされて、だからもう安全で——。
(ダメだ。確実に、変なキノコを食べてラリってると思われる……)
体験したというよりは、まったく理解を超えていた。
頭がどうにかなりそうだった。
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