第63話 夢、幻、現実

(困った……。俺はどうしたらいいんだろう……)


 自分が体験したことなのに、未だに理解が追いつかない。

 そもそも本当に体験したことなのか?

 夢? 幻?


 だとしたら、どこから……。

 考えてみたら、自分がラストヘイブンダンジョンにいること自体、現実味がなかった。

 しかもダンジョン内に、こんな立派な別荘が……。


 そう考えると、家にアマンダさんがいたあたりから変だ。

 アマンダ・D・ホプキンスと言えば、超に超がつくほどの有名人だ。

 俺は冒険者には詳しくないけれど、それでも知っているレベルの。


 ダンジョンに少しでも関心があれば、まず避けて通ることはできない。

 そんなとんでもない人が、知らない間にアンリたちと、家に招くほどの間柄になっていたのだ。

 しかもその場には、ギンもいて……。


(……やっぱり、おかしい)


 あまりにも都合が良すぎる。

 俺はずっと、いつかまた海外のダンジョンに潜ってみたいと考えていた。


 でもどこの国も、外国人が自国のダンジョンに潜ることを好まない。

 資源が流出することを恐れているからだ。

 だから半ば諦めていたんだけど……。


 それがとんとん拍子で、気づけばここにいる。

 しかもギンと再会することもできた。

 恨まれていてもおかしくないのに、昔のように慕ってくれて……。


(……本当に、全部夢だったりして)


 それか変なキノコでも食べてラリっているのかもしれない。

 そうじゃなければ、あの出来事が現実ってことになってしまう。


 俺はラストヘイブンで、ずっと大人しく振る舞うように心がけていた。

 せっかくの海外ダンジョンなんだから、本当はすぐにでもソロキャンプに行きたかった。


 でもそれを口にはしなかった。

 俺はあくまでアンリたちのおまけなのだから。

 ただうまく行けば、ソロキャンプの許可をもらえるんじゃないかなー、なんて密かに期待して。

 そうやって、静かにみんなの後をついて行っていたのだ。


(まぁ、大人数になると喋れなくなるってのもあるけど……)


 それでもやっぱり、海外ダンジョンには心が躍った。

 アマンダさんも言っていたけれど、アメリカのダンジョンはクセが少ない。

 というより、先進国のダンジョンはどこも似通にかよっている。


 それでも、日本国内ですら地域差や個性があるのだ。

 やっぱり海外ダンジョンは、日本のものとは違った空気感があった。


(日本じゃジェイソンなんて、お目にかかれないし)


 だからソロキャンプはできなくても、ピクニックとして十分に楽しめていた。

 ダンジョンエラーが起きるまでは。


 幸い、出現する魔物はそれほど強いものではなかった。

 せいぜい三十階層のボス程度だ。

 アマンダさんもギンも頼りになったし、なにより驚いたことに、アンリがかなり強かった。


 春奈ちゃんから、喧嘩っ早いって話は聞いていたけれど、まさかあれほどとは。

 冒険者としても、そこそこやっていけるんじゃないだろうか。


 でも魔物の数が凄まじかった。

 こっちには春奈ちゃんとキャスパーさんもいるのだ。

 物量で押し切られたら、かなり危険だった。


 アマンダさんの号令で別荘を目指す。

 でもこの状況が続けば、そのうち……。


(……あれ?)


 そんな時に、俺は気づいた。


(魔物たちの狙いって、俺なんじゃ……)


 最初は勘違いかと思った。

 でも違う。

 一箇所にとどまっている時は気づかなかったけれど、別荘を目指して移動していると、明らかだった。

 魔物は俺に群がってきているのだ。


(まさか、俺が原因で……)


 どうして……。

 俺のなにがダンジョンエラーを引き起こしたのだろう。

 疑問に思ったけれど、原因を探っていられる状況ではない。


 分かれ道に差し掛かった時——

 俺は意図的に、別の道を進んだ。

 魔物の大半が俺を追ってくる。


(やっぱり……)


 このまま魔物を引き連れて、距離を置く。

 その後は——


 正直、ノープランだった。

 とにかく、みんなが無事であれば。

 それ以外は二の次だ。


(研究所の人たちの避難さえ済めば、俺も地上まで逃げられる)


 それまでは消耗戦だ。

 避難が完了するまで、どれくらいかかるだろう。

 半日もあれば——

 いや、万が一にも巻き込めないから、丸一日は……。


 俺は借りた剣を確認する。

 すでにボロボロだ。


ちそうにないな……)


 その時は肉弾戦だ。

 そう覚悟を決めたのに……。


 電源を切ったみたいに、ダンジョンエラーが収まったのだ。

 あまりにも唐突すぎて、逆に怖くなったくらいだ。


「なんで……」


 俺は立ち止まり、辺りを見回す。

 しんと静まり返っている。


 わけがわからなかった。

 でもとりあえず……。


(みんなと、合流しなきゃ……)


 今ならまだ、追いつけるはずだ。

 一瞬……。

 ほんの一瞬だけ、このままどさくさに紛れてソロキャンプに……と思ったけれど、さすがに人としてやばいので我慢した。


(もしかしたら向こうはまだ、渦中かちゅうにあるかもしれないんだし)


 その時はすぐにでも加勢しなければいけない。

 そう思って、駆け出そうとした時……。


 ガラガラガラ——


 音を立てて、ダンジョンの外壁の一部が崩落した。

 そして——


 その向こうの、真っ白い壁が露出する。

 まるでタイルが剥がれて、下地が剥き出しになってしまったみたいに。


「……は?」


 これは、見てはいけないものだ。

 直感的にそう思う。

 着ぐるみの中身とかと同種の——


 心臓が早鐘を打つ。

 見なかったことにして、立ち去ってしまいたかった。


(じゃないと、もう戻れない……)


 そう思ったけれど……。

 どうしても目を離すことができなかった。


 俺はそろそろと、その剥き出しになった白い壁に近づいた。

 そしてそっと、手を伸ばす。

 でも壁に触れることができなかった。


(違う、これは壁じゃない……)


 ダンジョンの外壁にポッカリと穴があき、その向こうに真っ白い空間が延々と広がっているのだ。

 あまりにも広大すぎて距離感が掴めず、壁のように錯覚してしまっているだけだった。


 試しに石を拾って、その穴の向こうに投げてみた。

 ころんころんと、真っ白い空間を石が転がっていく。

 どうやら床はあるようだった。


 迷う。

 今ならまだ、引き返せる。

 全てを見なかったことにして、いつもの平穏なソロキャンプ生活に……。


 でも俺は、引き返せなかった。

 穴を潜って、その白い空間に足を踏み入れた。


 全てが白い。

 距離感が掴めない。

 俺は自分の投げ入れた石を目印に進んでいった。


 あれがないと、まともに歩くこともできなかったかもしれない。

 それほどまでに、異質な空間だった。

 地上とも、ダンジョンとも——

 まるで違った。


 石を拾い上げたところで、俺はハッとして背後を振り返った。

 俺が通ってきた穴が、ちゃんとそこにある。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。


(なんだこの、精神と時の部屋みたいな……)


 その時だ——。


「あの」


 十歳前後の子供が、いつの間にかそこにいた。

 綺麗な顔立ちをしていて、性別はよくわからない。


(なんでこんなところに、子供が……)


 迷子?

 咄嗟にそう思ったけれど、こんなところに迷子の子供がいるわけがない。

 いたとしても、それは普通の子供じゃない。


「もしかして、ジロー様ですか?」


 おずおずと話しかけてくる。


「え? いや、まぁ……。そうだけど……。様?」

「やっぱり! いつも配信観てます!」

「配信って……。まさか、俺のソロキャンプ配信のこと?」

「はい!」

「なんで俺の数少ない視聴者が、こんなところに……」

「とんでもない! ジロー様の配信は、ボクたちの間でも大人気ですから! 本当に参考になって……。ああ、まさかジロー様が、うちのダンジョンに来てくださるなんて……」


 感無量といった様子で、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

「ジロー様! どうか、ボクを助けてください!」

「いや、あの……。その前に、君は……」


 少年はハッとして、慌てた様子で頭を下げた。


「申し訳ありません! ボクは……」


 少年は言う。


「ボクは、このダンジョンの管理者です」

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