第62話 ダンジョンエラーエラー
幸いなことに、それから二十分ほどして、お兄さんが別荘にやってきた。
「お兄さん」
私はお兄さんの元に駆け寄った。
「春奈ちゃん、大丈夫? 怪我は?」
「してません。みんなも無事ですよ」
「よかった」
お兄さんは、心底ホッとしたような顔をする。
一番危険だったのは、お兄さんのはずなのに。
「お兄さんこそ、大丈夫でしたか?」
「うん。ごめんね、心配かけて」
「心配……。うん、そうですよね。あはは……」
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないです」
どさくさに紛れてソロキャンプに行ったんじゃ、と心配していたとは、さすがに言えない。
「それにしても、よくここがわかりましたね。迷いませんでしたか?」
「うん、まぁ。ダンジョン内で別荘を建てられる場所なんて、そう多くないし」
普段からソロキャンプしているお兄さんには、その辺の嗅覚が備わっているのかもしれない。
「それにしても、どうしてはぐれたりなんて」
「それはほら、付いていけなかったから……」
「わざと囮になったわけじゃなくて?」
「……えっと」
お兄さんは目をそらせる。
(やっぱり、この人は……)
一抹の憤りを覚える。
お兄さんの行動で助けられた立場だから、お門違いもいいところだけれど……。
でもどうしても、感情を抑えられなかった。
確かにお兄さんなら、あの程度の状況は危険でもなんでもないのかもしれない。
実際、こうして怪我一つ負わずに生還しているのだから。
だからもしも、その選択が合理的な考えのもとになされたのなら、私は気にしない。
自分ならこの程度、無傷で切り抜けられると、そう判断した上での行動なら。
でも違うのだ。
お兄さんの行動は、決してその強さに裏打ちされたものではない。
仮に飛び抜けた強さがなくても、お兄さんなら迷わず自分を犠牲にする選択をする。
それがわかるから、無傷で生還したとしても、その行いを称賛する気にはなれなかった。
「…………」
でもだからと言って、責めることもできない。
私なんて、足手纏いにしかなっていないのだから。
(なんか、泣きたくなってくるな……)
お兄さんが私の顔を覗き込んでくる。
「春奈ちゃん……?」
「……とにかく、休んでください。さすがに疲れたでしょ?」
「そうだね。少し」
珍しく、本当にちょっと疲れているみたいだった。
ギンが軽食を出してくれる。
それからハーブティーまで。
広間に集まって、みんなで一息ついた。
お兄さんが合流したことで、心理的な安心感が段違いだ。
「本当に、申し訳なく思ってるよ。この別荘を自慢したかっただけなんだけどね。それがこんなことになって」
アマンダさんが、私たちに詫びた。
「一体何が原因だったのか……。これまで結構好き勝手やってきたんだけどね。なのにダンジョンエラーが起きたことはなかった。それがいきなり、それもあの規模の……。キャス、何かわかるかい?」
「さぁな。あまりにもイレギュラーすぎる。仮説すら立たん」
キャスパー博士が、お兄さんに視線をやった。
「私は、ジローの意見が聞きたい。どう思う?」
そう問われたのに、お兄さんは返事をしなかった。
「…………」
「お兄さん?」
「え、何?」
「いや、何じゃなくて。質問されてますよ」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
アンリがじとっとお兄さんを見る。
「また変なキノコでも拾い食いしたの?」
「してないって! それで、何?」
「だから、あのダンジョンエラーについてだよ。何かわかるか?」
キャスパー博士が改めて尋ねる。
「いや、何も」
「はぐれた後は、どうしてたんだよ」
「それがなんか、はぐれてすぐにダンジョンエラーが落ち着いて」
「こっちと変わらんな」
「あの……」
私はおずおずと会話に入る。
「今はそういう話をしてる場合じゃないんじゃないですか? だって、今この瞬間にも……」
「そうだね。でも放っておける問題でもない」
アマンダさんが言う。
「それはそうですけど……」
「知らず知らずのうちにタブーを犯したんだとしたら、それをハッキリさせておかないと。このメンツだから無事に済んだだけだ。そうじゃなかったら……」
アマンダさんの言葉で、ようやく理解する。
これは私たちの問題だけじゃないのだ。
もし再現性があるのなら、いつか必ず大惨事が起きてしまう。
原因を特定すれば、救われる命があるのだ。
「あ、それは大丈夫じゃないかな」
お兄さんが言う。
「多分もう、同じことは起きないと思う」
「どうして?」
「どうして……」
お兄さんは腕を組み、黙り込んでしまう。
長い時間考えた末に出てきたのは、
「勘」
の一言だった。
ズッコケ文化のないUDの面々すら、ズッコケかけていた。
「あれは、ほら、なんというか……。ダンジョンエラーエラーとでも言うか……」
なんだそれ……。
わけがわからん。
「まぁ……。ジローの勘は、信用してもいい気はするけど」
アマンダさんがフォローするように言う。
(もしかして、何か隠し事してるじゃ……)
そう思ったものの、お兄さんが隠し事をする理由があるとも思えない。
まさかお兄さんが元凶なわけもないし。
囮になってまで私たちを逃がそうと考える人なのだから。
「ちょっと、おトイレ」
気が抜けたのか、アンリが退席した。
「ああ、そうだ。春奈」
キャスパー博士が声をかけてくる。
「なんですか?」
「シェルターの場所と使い方を教えといてやるよ」
「え?」
「ジローはああ言ってるけど、根拠もへったくれもねぇ。わかってるだろ? 私もお前も、足手纏いだ。もしここでダンジョンエラーが起きたら、私たちは邪魔にならないようにように、シェルターに籠った方がいい」
「それは……」
キャスパー博士が立ち上がり、リビングを出て行こうとする。
「おい、何やってんだよ。着いてこい」
「あ、はい……」
キャスパー博士に着いて行こうとして、後ろを振り返る。
アンリはトイレに行っていて、広間にいるのはお兄さんとアマンダさんとギンだけだ。
そのことに少し不安を覚える。
お兄さんとアマンダさんを二人きりにだけは絶対にしないようにと、アンリと何度も話し合ってきたのだ。
(まあでも、ギンもいるし……)
それにいくらなんでも、この状況で何か仕掛けてくるとは思えない。
あまりにもリスクが大きすぎるから。
そう判断して、キャスパー博士に着いて行ったんだけど……。
やっぱり私は、どこまでも能天気だ。
そういう状況だからこそ、リスクを犯す価値があるのだ。
少なくともアマンダさんは、そうやって今の地位を築いたのだから。
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