第59話 ダンジョンエラー

 次第に緊張が解けていく。

 魔物とろくに遭遇しない。

 したとしても、アマンダさんを見ると一目散に逃げていく。

 そんな状況で、緊張感を保つのは至難だ。


 でも六階層を進んでいた時だった。

 先導していたアマンダさんが、ピタリと足を止めた。

 そして——


 腰からスラリと剣を抜いたのだ。


 背筋が凍った。


(まさか……)


 呼応こおうするように、お兄さんも剣を抜く。

 アンリとギンも、臨戦態勢を取る。

 あまりに急展開すぎて、思考が追いつかない。


(いきなり、何で……)


 いや、いきなりではないのか。

 最初から、アマンダさんは……。


「ギンはキャスを、アンリは春奈を守れ」

「はい」

「言われなくても」


 アマンダさんの言葉に、ギンとアンリが答える。

 やり取りの意味がわからず、私は混乱する。


「何が……」

「どうやら私たちは、ダンジョンの機嫌を損ねてしまったらしい。何が気に入らなかったんだろうね」

「……え?」


 そこでようやく、私は魔物の気配を察知する。

 一体や二体じゃない。

 十や二十でも利かないかもしれない。


 私の目では、薄暗いダンジョンを見通せない。

 それでも押し寄せてくる軍勢の迫力は、肌感覚でわかった。

 それも、両サイドから——


「後ろは任せたよ、ジロー」

「了解」


 魔物が視認できる距離にまで迫ってくる。


 アマンダさんが言っていた。

 アメリカのダンジョンは、モンスターのバリエーションが世界随一だと。

 その通りだった。


 ミノタウロス、ワイバーン、オーガ、リザードマン、アラクネ、バジリスク、キラービー……etc。


 まるで魔物の展覧会だ。

 基本的に、魔物は別種と群れることはない。

 一部、共生関係にある魔物もいるけれど、かなり稀だ。


 それなのに、まるで軍隊のように統率が取れていて……。

 そもそも、こんな低層階に出没していい魔物たちじゃない。


(まさか、ダンジョンエラー?)


 でも、どうして……。

 しかもこの規模は、それこそダンジョンタウンを襲ったのと匹敵するような……。

 いや、もしかしたらそれ以上の——。


「ウォオオオオオ!!!」


 ミノタウロスが吠える。

 それが開戦の合図となった。

 魔物の群れが、猛然と襲いかかってくる。


 前方にはアマンダさんが、後方にはお兄さんがいる。

 まさに前門の虎、後門の狼だ。

 本来の意味とは違うけれど、守られる立場としては、これ以上頼もしいことはない。


 それでも物量差が圧倒的だ。

 倒したそばから、倍の数の魔物が押し寄せてくる。

 二人が撃ち漏らした魔物が、私たちめがけて突進してきて……。


 でもこっちには——。


「はぁ!」


 裂帛れっぱくの声と共に、ギンがハルバードを振るう。

 三体の魔物を一撃でほふる。

 膂力りょりょくがズバ抜けていても、体重は少女のそれだ。

 もしかしたらハルバードの方が重いかもしれない。


 振るった勢いで、ギンの体が流れる。

 でもそれも計算のうちのようで、ハルバードの勢いには逆らわず、むしろ遠心力に変えて次の一撃に繋げる。

 それもまた次の一撃に……。

 ギンはダンスのように回転しながら、魔物を薙ぎ払っていった。


 そのままハルバードを投擲し、サイクロプスの目をえぐる。

 ダッと駆け出すと跳躍し、空中でハルバードを引き抜く。

 その勢いのまま前宙すると、サイクロプスの背後にいたゴーレムに全体重を乗せた一撃を叩き込んだ。

 ゴーレムは氷細工のように粉々になる。


(これが、Sランクの……)


 お兄さんやアマンダさんのせいでかすみがちだけど、やはり彼女もまた……。


 そしてもう一人、こちらにはアンリもいる。

 でもアンリはギンと違って、かなり苦戦していた。

 彼女の武器は短刀なのだ。

 群れを相手にするのには適していない。


「ああ、もう! こんなことならでっかい武器にしとくんだった!」


 迫り来る魔物を片っ端から切り伏せているけれど、それでも押し寄せてくる数の方が上だ。

 とうとうアンリは魔物に取り囲まれて——


「姉御!」


 ギンの声と共に、ハルバードがものすごい勢いで飛んでくる。

 アンリは咄嗟にハルバードの柄を掴んだけれど、受け止めきれずに体を持って行かれる。

 そのままくるりと回転すると、遠心力を乗せた一撃で、周囲の魔物を蹴散らした。


「……オレの技」

「あ、ごめん。真似させてもらっちゃった」

「真似って……少し見ただけで……」

「これありがとう。助かったよ」


 アンリはハルバードをギンに投げ返す。


「…………」


 ギンはどこか傷ついた顔をしていた。

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