第58話 ジェイソン

「実験用の武器を貸そう。必要ないと思うけど、念のためにね」


 アマンダさんが、武具が並んだエリアに、お兄さんとアンリを連れていく。


「あ、私も……」


 護身用に、私も武器を借りようと思ったんだけど、


「やめとけ」


 とキャスパー博士に止められた。


「下手に武装して、気が大きくなる方が危ない。素直に守られてろ」

「そういうものですか」

「不安ならそもそも着いて行くな」


 確かにその通りだ。


「それにしても、とうとうあのジローが、ラストヘイブンに……」


 武器を選ぶお兄さんに、キャスパー博士が熱い視線を送る。

 一番の危険人物は、意外とこの人かもしれない。


「……そんなに興味があるんですか?」

「当たり前だろ。魔物なんかより、よっぽど研究のしがいがある」

「だったら、アマンダさんでいいじゃないですか」

「あいつに研究する価値なんてねえよ。あいつの強さの理由は、ハッキリしてる」

「え? なにが……」

「努力」


 そんなありふれた言葉が、キャスパー博士の口から出てくるとは思わなくて、私は驚いた。


「……努力?」

「あいつと同じだけ研鑽けんさんを積みゃ、誰だって強くなる。あいつは凡人だ。ただ誰よりも頑張ったってだけで。才能だけいえば、ギンの方がよっぽど上だ」


 そんなふうには、とても思えないけれど。

 どれだけ頑張れば、あんな規格外の存在になれるのか。


「それに比べて、あの兄妹はなんだ。この世のことわりに反してるだろ」

「さすがに言い過ぎ……」


 とも言えないから困る。


 二人が武器を選び終えた。

 お兄さんはシンプルな剣で、アンリはきらびやかな短刀だった。

 二人の性格がよく出ていて面白い。


 アマンダさんとギンもそれぞれ武装している。

 実験用のものではなくて、それぞれ愛用の武器なのだろう。


 アマンダさんは剣を腰に差していた。

 でもお兄さんが持つシンプルな物と違って、創作物に出てきそうな、装飾過多な剣だった。

 あのアマンダさんが、見た目だけで武器を選ぶわけがないから、きっと深階層で手に入る有用な武器なのだろう。


(UDのボスなんだから、当然か……)


 でもそんなことより、ギンだ。

 自分の背丈以上の、槍と斧をミックスしたような……。


(ハルバートとかいうんだっけ?)


 とにかく、少女が持つにしては物騒すぎる武器だ。

 それなのに、ギンには不思議と似合っていた。


「さて、行こうか」


 アマンダさんの先導で、私たちはダンジョンを進む。

 自然と、非戦闘員の私とキャスパー博士を、四人が取り囲むような陣形になる。


「アメリカは移民の国だ。他民族が暮らすせいか、ダンジョンにはあまり癖がない。インディアンテリトリーとかだと、また違ってくるんだろうけど」


 道中、アマンダさんのガイド付きだった。

 贅沢すぎる。


「歴史が浅いせいもあると思う。日本なら、京都のダンジョンなんかが人気だよね。魑魅魍魎、百鬼夜行。配信者はこぞって京都のダンジョンに潜る。視聴者ウケを気にしてないジローは例外として」


 私はお兄さんを振り返った。

 こういう語りは、お兄さんの得意分野だ。

 配信中、一人でベラベラ喋り続けているのだから。


 なのに、今はとにかく静かだった。

 もう長いこと、お兄さんの声を聞いていない。


「どうかしたんですか?」

「ん? なにが?」

「やけに静かだから、何か気がかりでもあるのかなって」

「いや、そういうんじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

「俺、大人数になると喋れなくなるタイプだから」

「そ、そうですか」


 それでいいのか、二十八歳。

 ソロキャンプばっかしてる弊害が、そんなところに……。


(いや、逆なのかな? そういうのが苦手だから、ソロキャンプにハマったのかも)


 きっと両方だ。

 相乗効果で、取り返しのつかないことになったのだろう。

 そういうところにすらあいらしさを感じる私も、もう取り返しがつかない。


「でもそういうところが、アメリカのダンジョンの魅力ですよね」


 私に指摘されたからだろう。

 少し上擦りながら、そんなことを言う。


(……可愛い)


 アマンダさんが、


「そうだね」


 と答えた。


「色んな文化が混じり合ってるから、モンスターのバリエーションは世界随一だ。それにラストヘイブンは初期のダンジョンだからね。虫系やホラー系の魔物も普通に出てくる」


 その時だ。

 不気味なエンジン音が、響き渡った。


「噂をすれば」


 前方から、大男が現れる。

 ボロボロの服を着て、顔をホッケーマスクで隠している。

 そしてその手には、チェーンソーが——


(ジェイソン!)


 怖っ!!!

 ドラゴンなんかより、よっぽど怖い。


 ジェイソンは、のっしのっしと歩み寄ってくる。

 チェーンソーのエンジン音が、より一層激しくなって——


 ぴたりと、ジェイソンが立ち止まった。

 同時に、エンジン音も止まる。

 マスクの下で、目をぱちくりさせているのがわかった。


 その視線は、アマンダさんに注がれていて——

 ばっときびすを返したかと思うと、ジェイソンは一目散に逃げ去った。

 ドタドタと、なんとも情けない後ろ姿だ。


「カハハ!」


 キャスパー博士が声をあげて笑う。


「怪物が尻尾巻いて逃げていったぞ!」

「……なんだろう。ものすごく傷ついた」


 アマンダさんが拗ねたような口調になる。

 その背中を、キャスパー博士がバシバシと叩く。


「アマンダ VS ジェイソン。映画化決定だな!」


 ここぞとばかりに、全力でからかうキャスパー博士。


 そうか。

 さっきから全然魔物と遭遇しないと思っていたけれど、ここはジロードと同じなのだ。

 アマンダさんの縄張り。

 だから魔物が寄り付かないのだ。


「……今のも魔物なんですよね? 普通の大男に見えたけど」


 ジェイソンを『普通』と評していいのかは微妙なところだけど。

 でも魔物っぽくないのは確かだ。


(いやモンスターって意味なら、ジェイソンもモンスターなのかな)


 答えてくれたのは、お兄さんだった。


「間違いないよ。そもそも、大男じゃないし」

「え? 大男じゃない?」

「今のはジェイソンのメスだよ。チェーンソーを左手で持ってただろ? チェーンソーを右手に持つのがオスで、左手に持つのがメスなんだ」

「……そんな感じなんですか?」

「ちなみにチェーンソーに見えるあれは、骨が進化した物だね。マスクも同じ。服は皮膚の一部だし」

「へぇ」

「体の構造も、人間とは別物だ。どちらかといえば爬虫類に近い」


 やっぱりウンチクを語らせたら、お兄さんの右に出るものはいない。


「ん? じゃああれはチェーンソーじゃないってことですか?」

「そうだね。それっぽく見えるだけで」

「じゃああのエンジン音は?」

「あれは威嚇いかくの唸り声だよ。ライオンのガルルルル、みたいな」

「そうだったんだ……」


 口でヴィィイン、ヴィィイン言っていたのか。

 そう考えると、めちゃくちゃ面白い生き物だ。


「ちなみに」とキャスパー博士が補足する。「本物のジェイソンはチェーンソーを使ったことがない。そういうイメージが先行してるだけでな」

「へぇ」


 そのウンチクには、お兄さんも感心していた。

 別にウンチクに強いわけじゃなくて、ダンジョンにとにかく詳しいだけなのだ。

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