第57話 研究施設
「今って、アマンダさんの別荘に向かってるんですよね?」
「そうだよ。どうして?」
「ずいぶん歩くなと思って」
「疲れたかい?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「私の別荘は、車じゃ立ち入れない場所にあるからね。どうせ歩くなら、みんなにこの街を見てもらおうかと思って」
「車じゃ立ち入れない場所?」
山奥にでも建っているのだろうか。
(でもこの辺りは平野っぽいし……それに車が立ち入れないほど険しい場所に、別荘なんて建てるかな)
嫌な予感がムクムクと湧き上がってくる。
「……まさか」
「察しがいいね」
アマンダさんがニヤリと笑う。
「私の別荘は、ダンジョンにあるんだ」
*
「すっご……」
ゲートを
少し進むと、実験機器の数々が。
ダンジョンは気候が安定しているから、剥き出しのままでも問題ないのだろう。
ダンジョンそのものが研究室のような有様だ。
ラストヘイブンの研究施設は有名で、写真や動画で観たことが何度もある。
でもこうして自分の目で見ると、衝撃はひとしおだ。
「……やりたい放題ですね。これで本当に、ダンジョンエラーが起きないんですか?」
「今のところはね。万が一に備えて冒険者が常駐しているし、避難訓練も徹底しているから」
「だからって、危険すぎませんか」
「それも研究の一環らしいよ」
「研究? もしかして、ダンジョンエラーが起きる条件の……」
「あまり無茶はしないようにって言い聞かせてるんだけど、誰も聞きやしない」
「マッドサイエンティストですね……」
自分たちの命で実験しているようなものだ。
でも考えてみたら、ダンジョン内で嬉々として研究に打ち込む人たちなのだ。
普通の感覚を持ち合わせてないくて当然かもしれない。
「お、ちょうどその元締めがやってきたよ」
アマンダさんが指差す先に、金髪の少女然とした女性がいる。
「誰がマッドサイエンティストの元締めだ」
キャスパー博士が吐き捨てるように言った。
心臓がキュッとなる。
怒鳴られて以来の対面だ。
「あの……この間は、本当に……」
キャスパー博士は面倒くさそうに、ヒラヒラと手を振った。
それからお兄さんの前にまで歩いていき、手を差し出した。
「キャスパーだ」
「ジローです」
二人は握手を交わす。
「……あの」
お兄さんが困ったような顔になる。
キャスパー博士が、お兄さんの手を離そうとしないのだ。
それどころか、ガシッと両手で掴んだかと思うと、その手が前腕、二の腕、上半身と、お兄さんの全身を
「ふむ。お前、ちょっと全裸になってみろ」
「ちょっと、何急に! お兄ちゃんに近づかないで!」
アンリが二人の間に割って入った。
「お前が噂の妹か。お前も脱げ、調べさせろ」
「何この人!?」
ギンがキャスパー博士の首根っこを掴んで引き離す。
「悪いな。こいつは変態なんだ」
「誰が変態だ」
「ちっこいクセに態度だけはでかい」
「ちっこいは関係ないだろ!」
「逆だよ、ギン。キャスは幼い見た目がコンプレックスだから、頑張って自分を大きく見せようとしてるんだ」
「はぁああん! 的確な紹介どうもぉ!」
日本語で騒いでいたからだろうか、周りにいた研究者たちがこちらに注目する。
みんな自分の研究に熱中していて、私たちの存在に気づいていなかったみたいだ。
英語で、
「あれってジローじゃね?」
「マジ?」
「草」
的なことを喋りながら、目をキラキラさせて群がってくる。
八つ当たりするように、キャスパー博士が暴れて追い払った。
「これから別荘に行くのか?」
「ああ、そのつもりだよ。キャスもくるかい」
「……まぁ、このメンツなら安全か」
「八階層なんてすぐだよ」
「お前らみたいなバケモンと一緒にすんな」
「別荘って、八階層にあるんですか?」
アマンダさんとキャスパー博士の話に、私は割り込んだ。
「綺麗な湖があってね。そのほとりに建てたんだ」
「まためちゃくちゃな……」
「深階層でソロキャンプすることに比べればマシだろう」
「比べる相手が間違ってます」
お兄さんと比べたら、誰だって正常だ。
私もキャスパー博士と同意見だった。
お兄さんのせいで感覚がバグっているけれど、八階層だって十分危険なのだ。
私は着いていかないほうが……とも思ったけれど、そこもまたキャスパー博士と同じ結論になる。
UDのボス、最年少のS級冒険者。
そして、鈴木兄弟。
このメンツで八階層は、ピクニックに等しい。
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